ダークホースは無邪気に笑う。
第45話 来訪者。
この日、かねてからの約束だった琴音の自宅マンションを訪れていた。最上階ワンフロア全部が和田家。
屋上のテラスから見る打ち上げ花火は絶景だとか。ご両親も在宅で、お父さんは大企業の重役。
お母さんは女医さん。お父さんは支社から支社への移動の合間に俺に会うため立ち寄ってくれた感じだ。
それを前日に琴音から聞いたので、激しく緊張したが気さくなご両親だったので安心した。
「それじゃあ、淳之介君。娘をよろしく頼みます」
「こちらこそ、その……お忙しいところありがとうございました」
「ふふっ『娘はやらん!』とか君たちには必要ないようだね」
「まぁ、お父さまったら。ご心配なく、仲よしのお友達。節度あるお付き合いですよね、淳之介さん?」
「あっ、はい。その……大丈夫です、ご心配なく」
「では、私は行かないと。ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
そう言って、琴音のお父さんは次の出張先に向かった。1年の三分の一くらい家を空けるらしい。
お母さんも学会で週末不在があるとか。そういう意味ではセキュリティ万全のマンションなら安心だろう。
出張先に出掛けるお父さんを玄関先まで送り別れを惜しんだ。
「すみません、お忙しいのにわざわざ……」
リビングに戻った俺は琴音のお母さんに頭を掻きながら言った。琴音から想像したまんま、上品できれいなお母さんだ。しかも話しやすいので助かる。
「いいのよ、あの人も楽しみにしてたから。わたくしもですが。ところで琴音ちゃん、彼をなんてお呼びしたらいいの?」
「お母さま、彼だなんて……」
「あら、珍しい。照れてるの? ふうん、まぁまぁ。あなた先程『淳之介さん』とお呼びしてたわよね?」
「はい。でも、まだ初めてに近いかも……いつもは梶君だから」
「背伸びした感じなの? じゃあ、あなたに悪いから私は梶さんって呼ぶわね?」
「あっ、うん。ありがと……」
普段から琴音は同じ歳とは思えない気遣いをしてくれるが、それはどうやらお母さん譲りみたいだ。
お父さんから『淳之介君』と呼ばれたのは素直にうれしかった。受け入れてくれてる感じがする。
ちなみにご両親の前では「ダーリン呼び」は封印したいと、事前に言われた。
なのでここでは「梶君」になっていた。恥ずかしいみたいだ。
「梶さんは琴音ちゃんのこと学校では『琴音』って呼んでるって聞いたけど、ふたりの時はどうなの?」
「えっと……同じですけど」
「あら、せっかくだからふたりの時だけ呼ぶ愛称、ニックネームみたいなので呼んでみたら?」
「ニックネーム……?」
俺はソファーで隣に座る琴音を見るが目を合わせない。視線は宙を舞い、手元は今日着ている若草色のワンピースの胸元のリボンを触っていた。仕方ないので。
「えっと……琴音……琴ちゃんとか?」
「⁉っ~~~~~~~~‼」
琴音は言葉にならない声を発し両手で顔を隠した。足は小さくジタバタし、隠した手の間、指の間から覗く目は潤んで顔は真っ赤だ。
そしてやっとのことで発した言葉が「お母さま、天才過ぎる~~~~‼」と絶叫。
どうやら激しく照れていたみたい。そんな娘を見てお母さんも満足そう。仲間内では1番度胸が座っていて冷静な感じだけど、家では普通の女子。貴重な1面を見た思い。
琴音が落ち着くまでというか、余韻に浸る時間を待ちながら、チラ見で今日の琴音の服を見た。
もしかしたら普段着は着物ではと思っていたが、落ち着いた若草色のワンピース。
首元に小さなリボンが幾つかあり、学校とは違う雰囲気。それと俺がプレゼントしたかんざしを着けてくれていた。
「琴ちゃん?」
「は、はい‼」
俺はからかい半分で呼んでみた。すると琴音はソファーで軽く跳ねるくらいびっくりする。
想像以上の反応に俺とお母さんはアイコンタクトで頷き合う。俺もお母さんの見たことない琴音の反応が新鮮で、まぶしかった。
もう少しの間見ていたい。この琴音を見れるのは世界でふたりだけ。お父さんは残念ながら次の機会にということで。
***
「えっと……ごめんなさい。こんなに嬉しいものだとは」
「ふふっ、琴音ちゃんも女の子ね~~」
「お、お母さま……やめて。でも、ありがとう」
ようやく顔の赤らみは元に戻った。だけど照れ臭さが残るのか、手持無沙汰な手で膝のあたりを擦っている。
クラスで委員長をしているいつもの琴音とは別人だ。
「なんか、かわいいですね」
「ほんとにねぇ」
「や、やめて! ふたりして……もう! でも、その……えっと……」
「ほら、琴音ちゃん、頑張って」
「あぁ……あの……淳君?」
ふたりで顔を見合わせて拍手。まるで初めて手を合わせて「ごちそうさま」が言えた末っ子扱いだ。
琴音は逃げるように、いや実際逃げたんだけど、キッチンに駆け込んだ。お母さんには「お昼作る約束だから!」と。
そんな琴音を目で追いながら「耳まで赤いですね(笑)」とネタにした。
「正直びっくりしたの。あの娘がその男友達に会って欲しいなんて。想像もしてなかったわ」
「俺、いえ僕も……琴音さんの家に来るなんて考えてませんでした。1年から同じクラスでしたけど……割と口喧嘩とかしてた印象で」
「まぁ、あの娘が? そう、ふ~ん。そうなんだ、それでなのね」
よくわからないけど、お母さんは何か納得がいったみたいだ。そこから娘には内緒で卒アル開示が始まった。
小学校の卒アル。もう髪型以外は今の琴音が完成しつつある。小学生の割にしっかりした目鼻立ち。
あと、やたら目つきが悪い。
少しくらい笑えばいいのにって感じだ。
中学の卒アルはセーラー服姿。意外にこっちの方が子供っぽい。柔らかい表情をしていた。最近よく見せてくれる表情に近い。
「あの……写真撮っていいですか?」
「いいわよ、どうぞどうぞ~~」
写真を数点撮っていると琴音が空気を察知し現れた。
「うわっ! お母さま‼ ダメ! ムリ! 淳君⁉ 見たの? 見た?」
「見たって言うか、撮った?」
「撮ったの⁉ どどどどど、どうするの? 私脅されるの⁉」
「脅さない、そうだなぁ……待ち受け画面にしようかなぁ」
「待ち受け⁉ ダメ! やめて、お願い、どうせ待ち受けにするなら今の写真にして‼」
「お母さん、これって」
「今の可愛い私を撮ってって事ね?」
「い、言ってません! 言ってないし……なんでふたりして結託してるの、もう……」
「はいはい、ごめんなさい。琴音ちゃん、いい機会だから3人で撮らない? 思い出に」
「3人で⁉ いいの? 淳君?」
「いいよ、琴ちゃん」
「くぅぅ……急にはやめて、胸が……」
両手で肩を抱えて悶絶。想像以上に可愛い。ワンピースに白いエプロン。猫ちゃんのワンポイントも学校で感じていた印象をひっくり返す。
お母さんもそう思ったのか、ぽつりと「恋するっていいわねぇ」とつぶやいた。
もちろんそれを聞いた琴音は、脱兎の如くキッチンに逃げ込んで、なかなか3人で写真が撮れなかった。
ようやく撮れた時、インターホンの呼び出し音が鳴った。小首を傾げながらインターホンに返事する琴音。
「「琴音ちゃ~~ん、見つけたぁ~~!」」
聞き慣れた、低めのトーン。しかもドスが効いた声がリビングに響く。小さく舌打ちをする琴音に来訪者を聞くまでもなかった。アイツらが来た。
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