第53話 誰か、愚痴聞いてくれませんか?
「梶君……」
「関さん……どうしたの」
私は振り返った梶君を、彼女がいる男子を両手で抱え込んでいた。勝負になんかならない。佐々木さんは学年のトップカーストだし、ハーフでモデルみたい。性格も優しいし、明るい。私みたいな付け焼刃で明るい女子とはたぶん違う。
委員長、和田さんにだって勝てる気がしない。独特な雰囲気で女子っぽい。積極的だし、梶君に対してすごく思いやりがある。佐々木さんとは違う感じの美人。思ってることをちゃんと言える子。
斎藤さんはわからない。なんでいつまでも梶君の傍に居ようとするのか。消えろとかじゃない。だけど、じゃあなんであんなことしたのか、単純に知りたい。散々振り回しておいて、そのショックで梶君がその……立たない?
普通なら、私の感覚だけど……もう、話し掛けるなんて無理。だけど、斎藤さんなら話しかけるだろう。これが許されるなら、何なら許されないの? 私に言われたくないだろうけど、舐めてるよね、梶君を。1年から梶君を陰で思ってる私のこと、舐めてるよね。
部活女子舐めんなよ、ヤル時はヤル! 座右の銘は、倒れる時は前のめり!
「関さん? どうしたの」
「あのさ、この状況。言葉いる? キスしに来たの! 私が梶君に! 嫌なら突き飛ばしなさいよ」
なんて乱暴なファーストキスだろ。これ私なの? 私は梶君とキスをした。近所のコンビニの駐車場の端で。梶君は拒否しなかった。私の勢いに飲まれたんだ。離さない。梶君を、梶君の唇を。頭に手を回す。でも逃げようなんてしてない。
逃がさないためでもない。昼間。膝枕してもらった時にしてくれたように「よしよし」したかった。頑張ってるよ、私がいるよと知って欲しかった。認めてあげたいし、認めて欲しかった。
そして捨て台詞。
「私が梶君を寝取る、誰からも」
どれくらいの時間梶君と唇を重ねていただろう。離れて、鼻先の当たる近距離で私は宣言した。彼女のいる男子にドン引き宣言。やっちゃったな、自嘲気味な笑い。いや、このタイミングで笑うとか完全にホラーだろ。だけど違った。
「関さん、かっけーな(笑)」
「いや、怒ろう? 追いかけてきてキスしてんだよ? 彼女いるのに。完全確信犯でしょ? ビンタいっとく? ご存じだろうけどファーストキスね?」
「俺もだ!」
「もう、これ往復ビンタね。待って気合い入れる……んん」
どうしよ。今度は梶君からキスのお返し。えっ、なに? これって……もう停学覚悟でお泊りしたい……
***
自宅に帰った頃にはもう愛莉ちゃんは寝てた。明日は練習試合で早いから。いや、愛莉ちゃんは基本寝るのは早い。小学生級だ。カーテンを開けると隣の家、雪ちゃんの部屋の灯りが見えた。愛莉ちゃんと違い雪ちゃんは寝るのが遅め。
雪ちゃんはバスケだけじゃなく成績もいい。努力家。愛莉ちゃん同様、バスケで推薦が貰える実力があるけど、努力は怠らない。バスケ以外の選択肢を自分で切り開ける力を持って置きたい、そんなことを言っていた。
頭が上がらない。向上心お化け。でもそれはどこかで大学進学を期に、俺と向き合う機会にしてくれているのだと思う。間違いなくふたりには強豪校からの推薦が届く。今までいつもニコイチ扱いだったふたり。
大学側も同じ思惑でふたりを推薦してくるだろう。愛莉ちゃんも言葉にはしてないが、当然同じ進路を雪ちゃんが選ぶと思っているし、疑いすらしてない。だけど、俺の中では違ってて、大学進学を期に雪ちゃんは愛莉ちゃんと離れるだろう。
それは俺の思い込みだけじゃなく、雪ちゃんが時折こぼす言動。愛莉ちゃんは県外を含めた強豪校に進学するだろう。だけど、雪ちゃんは実家から通える国公立を狙っていると思うし、俺も1年後同じ大学が受かるように勉強を見てくれている。
カーテンの外の灯りは雪ちゃんの頑張りで、普段当たりが強くて感じない時が多いけど、愛情表現なんだと思う。
関さんとキスしておいて、何なんだ俺。とは思うが別にその事を後悔してない。あの時の関さんは魅力的だったし、マンションを駆けだした後姿に焦ったのは事実。嫌われたくない、言い訳を聞いて欲しい。少しでも長い時間話をしたいと思ったのも事実。
そして俺がさっきから何度もスマホの画面を見ているのも事実。関さんには「着いたら『まいん』して」と言われていたので、何度かやり取りをしている。待っているのは、俺が何度もスマホ画面を確認しているのは、関さんからのメッセージが気になってるからだけではない。
(こんなもんか……)
内心少し、いやかなり落胆していた。事情は分かる。恐らく琴音のお母さんに叱られたのだろう。もしかしたら「少しの間そっとしておいて」とクギを刺されたのかも。そうじゃないとこの状況は流石におかしい。
何の話かと言えば、俺の『ED』の件を立ち聞きというか盗み聞きした件。
もし仮にそうだとしても、何もしないでいい話なのかと、なんのフォローもしないでスルーでいい内容なのか正直モヤモヤしている。俺に置き換えたら、もし仮に琴音母から注文があったとしても「ごめんね」くらいは『まいん』するし、いやメッセージじゃ伝わらないかもだから、緊張しながらも通話する。
自分たちがしたことを反省したり、落ち込んだりしてるのだろうけど、なんか手を抜かれてる気がしてならない。誰かにこの話を聞いて欲しい。いや、愚痴を言いたい。その相手に今日1日の流れなら関さんを選ぶのだろうが……
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