第26話 いつまで顔色見んの?

「つまり、なに? 淳ちゃんはこのボロ雑巾に、ありもしない事で脅されて脱〇小娘の毛入りのチョコを無理やり食べさせられたの?」


 一応、問題の元凶は足元で転がってるので、俺は出来るだけ細かく今までに起きたことをふたりに説明した。唸りながらも麻利衣はしぶとく這って逃げようとしていた。


「なにそれ~~ママ、ショック!」


 ふらっと立ち眩みと見せかけ、母さんは逃げようとする、麻利衣の1番重症だと思われる左手によろめきながら、サンダルの足でぐりぐりと踏みつけた。、ワザとじゃない。もちろん、麻利衣はこの世のものとは思えない叫び声を上げてのたうち回る。


 俺は少し躊躇しながらも、悪臭を放つ麻利衣のスカートをめくり連写で証拠写真を顔が写るように撮影した。


「あらあら、淳君。ダメよ、そんな歳でスカ〇ロ趣味に目覚めたら、ママ心配~~」


「あっ、大丈夫。そういうディープな性癖はない」


「そう? ママ信じていいのね?」


「淳ちゃん、そんなの撮ってどうすんの? 姉ちゃん、ちょっと怖いんですけど……」


「えっとね、これは保険。コイツ信じられないくらい胸糞なんだ~~性格最悪で、人が嫌がることなら、いくらでも思いつく、みたいな。だから、証拠写真。俺とか仲間に手を出したら、今度は自分が『学校の裏サイト』に晒される番。わかったか、この脱〇クソメスガキ」


「は、はい……もう……しません……うぅ」


「あと、2度と話し掛けるな、話し掛けたら『学校の裏サイト』どころじゃ済まないとこに実名でアップする、個人情報と共に」


「うぅ……わかりました~~」


「そういうことなら、私も撮ろうかなぁ……嫌だけど。ほら、自分でスカートめくってダブルピースは? ハイ笑う‼」


 それからしばらく撮影会が行われ、事件を聞いた父さんが程なく帰宅。麻利衣は警察に通報の後、救急車で搬送された。一応状況説明ということで、母さんは警察に向かい、愛莉ちゃんは「いいこと思いついた」と父さんと共に学校に戻った。父さんは保護者会に参加する予定だ。


 そんなわけで、俺はひとり自宅の庭に取り残された。取り残されて、ひとりになって思う。人生において最も不幸なことは、嫌いな人間に好かれるという事だと。心底嫌悪の対象でしかなかった麻利衣。


 だけど、唯一の救いは俺が見えないでいた志穂の寝取られを表面化してくれたこと。そして姉妹揃って、俺の人生の表舞台から仲よく退場してくれた。この先関わることがあったとしても、それは単なる知り合いとして、クラスメイトとして。


 この先は、こんな何かで悩むことや誰かといるために、何かを強制されることはないだろう。そうあって欲しい。そんなことを思っていたら、その人は「ひょいと」俺の前に現れた。


「あっ、淳之介みっけ。やった~~愛莉いないじゃん! 持ってるね、私!」


 目の前に現れたのは、癒し系隣のおねえさんこと来島雪華。通称雪ちゃん。生まれた時からの幼馴染。昔むかしあまりに俺が懐くから、姉の愛莉が大嫉妬。接近禁止命令を4歳に受けた。


 姉のことも大好きな俺は、悲しそうな顔を見たくないので雪ちゃんへの気持ちを抑え、誰かを好きになろうとして志穂と出会った。いい娘だった。それは寝取られた今でも変わらない。でも、寝取られた事実は変わらないし、麻利衣を妹に持つのも変わらない。


 いい娘だと思いながらも、そのルートが無いのも理解していた。続けるより諦める方が数百倍も労力が掛からない。もし、その労力をものともせず乗り越えたとしても、ひとりの時間、志穂がどうしているか、誰かと肌を重ねてないか自信が持てない。何より麻利衣というクソが高い壁として立ちはだかる。


 そういう基本的な部分が信用できない相手に、志穂はなってしまった。俺は口元だけで雪ちゃんに笑った。目は口ほどに物を言う。だけど、口元は感情を表す。一番抜け殻になったいま、本当に会いたい人が来てくれた。それがただうれしかった。


「ねぇねぇ、愛しの雪お姉さん腹ペコなんだよ~~ここはいいとこ見せるトコじゃない? ‼ もう1回言うね? ‼ 愛莉いないじゃん‼ もうふたりを邪魔する者はこの世界にいないよ! いや、ご近所にはいないか(笑)」


 気を使ってくれてるのか、偶然なのか、天然なのか。よくわからないけど、雪ちゃんは俺のピンチに笑顔で現れる。いや、偶然でも、天然でもなんでもいい。俺が必然だと信じてるのだから。


「チャーハンとかなら出来る」


「チャーハン! もう、愛しか感じないよ~~よし、おいで! お宅だと愛莉がいつ帰って来るか気が気じゃないし! もうロックまで掛けて、何なら雨戸しめちゃう? 別にいいよね? 淳之介いまフリーでしょ? あのクラスの娘たちはアレでしょ? 雪お姉さん焦らす高級テクなんでしょ?」


「どうかなぁ~~」


「おっ⁉ しばらく見ない間に、なんか覚えちゃって~~アレだね、悪い女に引っ掛かってひと回り大きく成長したみたいな? まぁ、いいや。ね、ウチ来てご自慢のチャーハンで雪お姉さん満たしてよ!」


 気の抜けた俺の腕を引っ張る後姿。背丈が変わってもこの景色は変わらない。ひとりで公園は危ないからと手を引き、近所の駄菓子屋に新しい味のガムが売ってたと、ことある毎に俺の手を引いてくれたこの景色、雪ちゃん越しに見える景色が好きだった。


『ぱたん』


 乾いた音と共に雪ちゃんが後ろ手にドアを閉めた。同時にドアがロックされる音。そこから俺の背中に額をぶつける雪ちゃん。これも初めてじゃない。俺の事で姉ちゃんと喧嘩したり、小言言われたり、普段ならスルーしてやり過ごしてる雪ちゃんでも、限界があってこんな風に俺の背中で泣く。


 今までの俺なら『どうしたの? 大丈夫?』と声を掛けていた。でも、今朝から俺の為に泣いてくれた佐々木や関さんの涙を見て来た。雪ちゃんが小刻みに震えている。俺を思っての涙。悔し涙。


「雪ちゃん……」


「なによ」


「いつもみたく『ぎゅう』してくれないの」


「はぁ⁉ 淳之介、君さ! なに甘えてんの! だいたい君さ、いつまで愛莉の背中隠れてんのさ!『男でしょ?』とかは、どーでもいいの私は! 君どうする気よ‼ このままなの? このままずっーと、私も淳之介もいつまで愛莉の顔色見んの⁉ このまま好きな気持ち我慢しなきゃなの⁉ このままじゃ、私ぽっと出の男と……いいんだね? もう知らないからね‼ 何が『ぎゅう』よ! えっ……⁉」


 俺は振り向いて素早く雪ちゃんを抱きかかえた。所謂『お姫様抱っこ』雪ちゃんはバスケ女子。手足が長い。もちろん身長も。俺より少し低いくらい。いきなりだから雪ちゃんはカチカチに固まった。固まりながらも俺の首に手を回ししがみつく。


 力を抜いて丸くなってくれたので抱っこしやすい。雪ちゃんの履いたままの靴を脱がし、そのまま雪ちゃんの部屋がある2階に抱っこしたまま移動した。雪ちゃんが扉を開けてくれたので、簡単に部屋に入れた。


 雪ちゃんは成績がいい。だから、普段から勉強を見てくれるから、この部屋にはよく来る。姉ちゃんは成績がいまいちなので、勉強で雪ちゃんの部屋に行くのは口出ししない。俺は見慣れたベットに、雪ちゃんを出来るだけそっと降ろし、そのまま雪ちゃんの上に乗った。








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