第35話 ダブルブッキング。

 俺は佐々木……桜花と保健室で別れた。桜花は見せたことないくらいの笑顔で、手を振った。まるで4歳児のような無邪気な笑顔。桜花にこの笑顔を向けられる男子がこの校内には俺だけ。俺が下手こいて寝取られなければだけど。


『関さんには気にしないでって、伝えて~~いや、考えてみればデッドボール様様よ(笑)デッドボールなかったら、梶にその……桜花なんて呼ばれてないじゃん?』


 こんな感じでおどけながら、関さんに対しての配慮も忘れない。いい娘なのは間違いない。しかし問題もある。それは桜花を家まで送れば、今日ノー部活デイの雪ちゃんとの自宅デートがダブルブッキングする。


 授業で怪我した彼女、佐々木桜花をひとりで帰らせるワケにはいかない。いや、帰らせたくない。麻利衣のことで見せた、彼女の悔し涙は忘れてはいかない。明るく、顔芸達者で、人気者。だから、少しくらい雑に扱ってもいいかと思っていた。


 だけど、それは目に見える範囲の桜花が元気で明るいだけかも。それを決めつける程、俺は桜花を知らない。だから、知ろうとしていた。知る努力を始めた。


 やるだけやっても、俺とはバランスが取れずに寝取られたら、それはその時。志穂同様縁がなかったということだ。しかしなんだなぁ……俺の発想はアレか? 別れるとかじゃなく、寝取られるなんだなぁ……トラウマというやつか? 


 まぁ、それもこれも旧澤北姉妹にせいだ。そして漏れなく、ハメ撮り映像が脳内作成されてしまう。それは桜花も例外ではない。 


 心の傷というが、こういう妄想に悩まされることもあるんだ。知らなかった。だけど、志穂は少しは反省し、暗い顔見せて気を使わせるなんてことはない。でも、それは俺たちの前でだけ元気に毒を吐くだけで、高校では生きにくいはず。耳に届かない陰口や、視線を感じながら高校生活を送っているのは想像できる。


 それでも学校に来て、俺に絡もうとする姿は、どこか健気で恨めない。志穂を恨めない代わりに、この恨みすべて、この世の憎悪すべてを麻利衣にぶつけてやる。そんな訳で、麻利衣の復活を心待ちにしているのは俺だけだろう。


 ロング妄想をしながら、校庭に向かう廊下で授業終了のチャイムが鳴った。俺たちの今日の学校での日程はホームルームを残すだけ。教室に戻ろうとするクラスの男子の群れから親友の高坂を見つけ出し、桜花がホームルーム不参加で保健室から直帰すると担任の柿崎に伝えて欲しいと告げた。


「佐々木ちゃん、そんなに悪いの?」


「まぁ、痛そうだなぁ……でも、関さん気にするから内緒な?」


「わかった、佐々木ちゃんの荷物はどうする?」


の荷物は俺が運ぶわ。それに心配だから家まで送る」


? そうか、了解した。お前は1度教室に戻るんだろ?」


「うん、関さんに声かけてから。佐々木……桜花に頼まれたんだ『気にしないで』って。行くわ女子が更衣室に入る前に捕まえないと」


 右手をあげて、高坂に別れを告げた。こいつにも色々と迷惑というか、助けられた。感謝してもし切れない。こいつになら寝取られても……いや、何でもかんでも寝取られに結びつけてないか、俺。


 第一高坂には1年後輩で、桜花に負けず劣らずの美少女彼女がいた。若干ロリだけど。元気ないい娘だ。女子更衣室は体育館にある。その入り口前で、長身の関さんがひとりきょろきょろしてるのを見つけた。


 いつもと違い、眉が垂れ元気がない。桜花を心配してるのだ。俺の姿を見て駆け寄ってくる。さすがにその表情を見て、朝相手してもらったことは思い出さない。


「梶君! 佐々木さんどうなの?」


「ん……痛そうだけど『気にしないで』って関さんに伝えてって。ホームルームは出ないで、直帰。俺が送るよ、かばんとかあるし」


「そうなんだ……骨折とか大丈夫かなぁ……太もも?」


「いや、おしり(笑)ごめん、笑っちゃダメだなぁ。六花先生にシップ貼って貰った。あんまし痛かったら病院行けって。その桜花曰く『おしりの頬っぺた』のトコだって」


「おしりの頬っぺた⁉ あぁ……痛そう」


「ははっ……痛そうだった。仕方ないよ、ワザとじゃないし」


「うん……私、ノー部活デイだから一緒に送るよ」


 んん……それはどうだろう。初めての彼氏彼女イベントだし、桜花の笑顔がまだ目に残ってる。


 ここで関さんと一緒に保健室に迎えに行ったら、うなだれるだろうな。間違いなく。きっと『やっぱり梶は私に冷たい(泣)』になるだろう。いや、なまじ喜ばせてるから、上げて落とす感じで更に惨い。


 何より、ダブルブッキング問題が解決してない。雪ちゃんにドタキャンなんて、マジで1か月無視されるかも……でも、仕方ない。俺のことで悔し涙を流すようなヤツ、ほっとけない。甘んじて1か月無視されよう。


 いばらの道だけど(泣)桜花バリに滝のような涙を流したいところだが、そんなにうまく出来ない。中々の技術がいるらしい。そんなことを考えていたら、不意に聞き覚えのある声がした。


「淳之介、関! いい所にいた。愛莉見なかった?」


「雪ちゃん……愛莉ちゃん? 関さん見た?」


「ううん、見てない。いいえ、私のセンサーが、愛莉センパイを見落とすワケありません! 来島先輩、愛莉センパイがどうかしましたか⁉ もしや、愛莉センパイの危機ですか⁉」


「いやいや、関さん。普通に学校来てて危機とかないでしょ?」


「甘いわ、淳之介。あのバカ……いや、マジでバカだった」


「えっ?」


 ***

「つまりなに? 愛莉ちゃんは赤点3個じゃなく5個?」


「いや正確には3個なんだけど、ステレス赤点があと2教科。つまりギリ赤点じゃないんだけど、一応補習受けた方がいいよ? みたいな? グレーな赤点」


「そうなんだ……知ってたけど、愛莉ちゃんバカだったんだ。でも、補習受けたらいいだけでしょ?」


「逃げた」


「はっ⁉ なんで⁉」


「バカだからよ‼ 補習受けなきゃ地区予選出さないって、監督あれほど言ってたし、ギリ赤点の方も全国大会行くなら補習受けないと、期末1個でも赤点あったら帯同しないって……」


「なのに逃げたの? なんで?」


「だから‼ バカなの‼ 君の姉ちゃんバスケと君のこと以外、概ねバカなの‼ 淳之介、関。悪いんだけどホームルーム後探すの手伝って! それから、淳之介。例の約束ごめんして‼ 捕まえても逃げないように見張らないと!」


「あっ、来島先輩。私手伝います‼ その、梶君は佐々木さん送らないと」


「佐々木? あの金髪の女子? なんで?」


「その……私、授業で佐々木さんにデッドボール当てて……保健室なんです。梶君保健委員だから送る感じで……女子の保健委員は斎藤さんなんです。でも佐々木さんとは犬猿というか仲悪いんです。それに、私愛莉センパイ専用センサー付いてますから、確実に捕まえますし、愛莉センパイ見張るなんて、合法的なストーカー行為じゃないですか!」


 俺と雪ちゃんは忘れていた。関さんはこういう子だ。だけど、確かに愛莉ちゃんを捜索することにおいて、右に出る者はいない。幸いにも関さんの活躍で、愛莉ちゃん逃亡は未遂で済んだ。補習は雪ちゃん同行で参加することに。お陰で雪ちゃんとのダブルブッキングは、約束が消滅したため、大事には至らず。


 関さんも愛莉ちゃんの見張りに加わるので、桜花に拗ねられずに済んだ。捨てる神あれば拾う神ありだ。





























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