第50話 大問題。

「知ってたけど!」


 ここは近くを流れる1級河川の土手。土曜の昼下がり。初夏とはいえ、まだそれ程日差しも強くなく御散歩日和。そんなこともあり、ちらほらと家族連れが土曜の午後を楽しんでいるなか、関さんが息切れしながら叫んだ。


 状況的には、立ち聞きした関さんが琴音のマンションを飛び出し、俺が後を追った。無理やり手を引っ張って止めたりしてケガさせたら大変なので、自分から止まるまで少し遅れて追いかけた。


 帰宅部。だけど、体を動かすのが好きで、愛莉ちゃんのジョギングに付き合ってるのでそこそこ走れる。持久力には自信があった。全速力で駆け出した関さんのへばりは思ったより早かった。近くにあるこの河川敷にたどり着くのがやっとだ。ペース配分を考えたらもっと遠くまで逃げられていただろう。


 古びたガードレールの傍に座り込む。肩で息をする関さんを置いて、土手を挟んだ向かい側にある自販機でスポーツ飲料を買った。今時珍しく札が使えない。小銭が僅かしかない。関さんの分は買えるので1本だけ買って戻る。


 謝るのは簡単。いや、簡単に謝っていいのか? もし怒ってるなら、いや怒ってるけど。先に俺が謝ったら怒りの矛先を失う。ここは精々がっつり怒られるべきだ。おかずにされていたなんて、キモい以外の何物でもない。


「何を知ってたの?」


「梶君が走るの速いの。早く止めてよ! 汗だくじゃない、もう……」


 体育座り。立てた膝に顔を埋める。俺が貸したパーカーのフードを被り顔を隠す。顔も見たくないってことかなぁ……


「止めて止まってた?」


「止まる訳ないでしょ、あんな後……」


 そう言って関さんは隣に立つ俺のズボンの裾を引っ張り、自分の隣をぽんぽんした。座れってことか。俺はぽんぽんされた場所から少し離れた場所に座ったが、お気に召さないようで、もう一度すぐ隣をぽんぽんされた。


 そこはいつもの関さんとの距離。友達より近い、油断したら触れてしまう距離。気を使わなければ当たってしまう近さ。そしてその距離でフートから覗かせた蔑んだ目で俺を睨みひと言。



 そう言って肩にショルダータックルをしてきた。怒ってるけど、もう口もききたくない程じゃないみたいだ。


「関さん、言い方」


「はぁ? 人を勝手にズリネタにしといて言い方ですか? 基本的人権いらないですよね? だって私であ~~んなことや、こ~~んなこと想像したんですよね?」


「うん、想像した」


「マジ……? その参考までに……どの辺りまで想像するもんなの? 興味よ、興味! あっ、ありがと……って違う‼」


 俺は買って来たスポーツドリンクのペットボトルを手渡した。釣られてお礼を言ってしまい、キレた。関さんがこんな風にキレる感じを出すのは見たことない。仲よしのつもりだったけど、新鮮だ。いや、いま浸っていい時じゃないか。

 関さんは一気に半分近く飲み干し、残りを俺に差し出した。


「なに? ズリネタにしたのに今更関節キスも出来ないの? どうせ斎藤さんとか、佐々木さんとか、委員長とぶちゅぶちゅしてるんでしょ!」


「いや、したことないけど……」


 そう言いながら、手渡されたペットボトルに口をつけて飲んだ。


「えっ? キスしてないの? 何で?」


「なんでと言われても、理由いるの? 俺と関さんがしてないのと同じだと思う」


「同じなの⁉ 同じでいいの? いや、待って、梶君! じゃあなんで今間接キスしたの⁉ おかしくない?」


「えっ、だって関さんが『ズリネタにしてるくせに』とか煽ったでしょ?」


「煽ったけど……好きでもない娘と普通間接キスする⁉」


「いや、普通好きじゃない子をズリネタにしないって」


「梶君。自分からなんだけど……昼下がりの河川敷。楽しく散歩する家族を見ながら『ズリネタ』はやめよ?」


 冷静になったのか、関さんは上目遣いで恥ずかしそうに言った。そんな関さんを見て俺は悪戯心が芽生えた。まだ残るスポーツドリンクを関さんに差し出した。


「えっ……これ本格的な間接キスリバースだよ?」


「そうだね。まぁ、ズリネタにするような男が飲んだ後なんか、嫌だよね?」


「お生憎様。全然平気よ、平気~~私なんかべろべろもできるもんね~~梶君ヘタレだから無理でしょ(笑)」


 関さんは飲み口をべろべろしたペットボトルを悪い顔して差し出す。まるでロシアンルーレットをしてるみたいだ。俺はその安い挑発に乗ってべろべろをし、関さんを負けずに……


 ***

「何やってんだろ、私。梶君のえっち」


「関さんもな」


「ズリネタにしておきながら『関さん」と連呼する梶君に問題! 私の下の名前は何でしょう? 正解者には膝枕をして貰う!」


「正解して膝枕するの?」


「ご褒美でしょ? いいズリネタにならない?(笑)」

 えらく『ズリネタ』で弄るなぁ……まぁ、泣かれるよりは全然いいけど。


榛那はるな


「あっ、知ってたんだ。へぇ……じゃあ、失礼します。ちなみに家族以外で初の膝枕です。光栄でしょ? ヘンタイさん?(笑)」


「そうだなぁ、ヘンタイ冥利に尽きるよ」


 関さんは呆れたように鼻から息を吐きだし「よっこらしょ」と俺の膝に転がった。間接キスしたんだから、頭くらい撫でてもいいだろう。断りもなく頭を撫でる。案の定「セクハラ~~」との苦情。だけど目を細める。手を払い除けたりしない。

 トップが長めのショートカット。柔らかいストレートな髪質。指の間からスーッと通り抜ける髪が触っていて心地いい。


「ねぇ、梶君」


「なに?」


「第2問。私の名前、漢字で書いて。肩にでいいや……あっ」

 俺は榛那と丁寧に関さんの肩に指で書いた。


「なによ……ここはカタカナとかじゃないの?(笑)難しいでしょ、案外。あれだね、ズリネタ冥利に尽きるね。なんで私なのよ、自分で言うのもだけど……ストンでしょ?」


「そうだね、ストンだな……痛っ!」


 女子相手に迂闊な相づちはダメだった。


「あのね、これでもギリ『B』なんだけど?」


「えっ? 血液型(笑)」


「失礼! いや、血液型もだけど! あっ、このヘンタイさん『じゃあ、証拠見せろよ』みたいなこと言う気?『わーたわよ、見なさいよ!』になるとでも?」


「それ今夜使おうかなぁ……」


「うわっ、梶君……そんなエロ言うんだ……素敵! とかなんないわよ(笑)」


「なんないか~~」


「なんない!(笑)それでなんで私なの。怒ってるとか怒ってないとか教えない~~でも、答えて欲しいかなぁ。権利として。ほら、私女子っぽくないでしょ? みんなに比べたら」


 俺は少し考えた。関さんは膝枕して仰向けになって俺の方を見た。胸にチラッと視線が行ってしまった俺に「もう!」と言いながら、ユニフォームの胸元を隠す。こんなことならパーカーを貸すんじゃなかった。願望として。


「そんなことないと思う。関さん、性格いいし優しいし、元気だし」


「それ小学生褒めてるのと変わんない~~とかない?」


ではなく?(笑)」


「もう! ぐりぐり攻撃してやる、太ももぐりぐり~~ん? 梶君……当たってる」


「あっ……これは……しょうがなくない? ほら、関さんがセクシーだからだよ」


「な、何が問題を抱えてるなの? 全然元気じゃん! 当たったよ? 問題ないでしょ? いや、違う意味で梶君、大問題なんだからね!」


 ん……なぜか、関さんにはウチのリトルが反応してしまう。確かにこれだけ素直に

反応してくれれば、何の問題もない。いや、相手は関さんで妄想じゃなく現実にだ。これは大問題。













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