第51話 束の間の休息。

 関さんは朝練終わりに桜花たちに拉致られた。なので着てるのはバレー部のユニフォーム。具体的にはノースリーブと結構短い短パン。

 コートで見る分には違和感ないが、電車に乗るのはどうかなぁと思える格好。上は俺のパーカーを貸した。だけど、下を隠せるほど丈が長くない。だからこんな提案。


「恰好が恰好だから、家まで送る」


「あっ、リアル送り狼だ(笑)」


「じゃあやめる。気を付けて」


『びろ~ん』


 背を向ける俺のシャツを引っ張る。


「ねぇ、ダンナ。こんな短パン娘ひとりで電車に乗れと? もう触られたい放題だよ? もう、ズリネタの範疇越えちゃうよ? 次会うときはきれいな体じゃないかもよ? ねぇ、ホントにひとりで電車乗んないとなの? 帰っちゃうの? 梶君と私の友情ってこんなもんなの?」


 必死風だけど、半笑い。ここは交換条件で交渉してみよう。


「そうだなぁ、下からのアングルで写真撮っていいなら」


「はっ⁉ 下から⁉ 鬼畜‼ エロ鬼畜‼ バレーをエッチな目で見ないで!」


「いや、バレーをエッチな目で見てるんじゃなくて、関さんをだから」


「な~んだ私か! よかった! になるか! アレでしょ、下からってめちゃ近距離からの激写なんでしょ!『いいね、いいね~じゃあ、1枚脱いでみようか?」みたいな? 気付けば私すっぽんぽんなんだわぁ~~お母さん~(笑)そんな訳で、どうする? 人が来ないとこ行く?(笑)」


 よかった。いつもと変わらない関さんだ。ここまで『ズリネタ』を連呼されると麻痺するけど、エライこと口走ってる。

 ここまでイジられると逆に気が楽だ。琴音の家で目の淵に涙を溜めてるのを見た時は関さんとの友情の終焉かと思った。


 いつもより騒いでるのは気にさせないためだろうなぁ……俺たちは転がっていた一級河川の土手から体についた枯れ草を払い駅に向かった。

 もちろん近距離からの激写は冗談。どうしてもって関さんがいうなら別だけど。


 ***

 その頃、和田家のリビングでは琴音の母による説教が続いていた。


「琴音ちゃん。それと佐々木さん……斎藤さん、あなたが梶さんの前の彼女なのね。わかってる? 自覚あるのかしら。あなた達はとんでもないことをしたのよ?」


「はい」


「ごめんなさい」


「すみません」


 溜め息混じりの琴音の母。


「人にはね、知られたくないことってあるの。しかも、男子にとってはこれ以上はないナイーブな話よ。反省してください。そうじゃないと、梶さん、あなたたちから誰も選ばないんじゃないかしら」


『選ばれない』と刻まれた岩が正座したそれぞれの頭上に叩きつけられた。

 溜息をつきながらも、琴音母は忠告する。


「悪いと思うなら、しばらくの間梶さんのことは、そっとしておいてあげて」

 頷くしかない3人だった。


 ***

「お姉ちゃん〜〜!」


 関さんを送り届けた玄関先。前にみせてもらった関さんの待ち受けに写っていた年の離れた弟さんが、玄関から飛び出してきた。

 今日は朝練って言ってたから、関さんの帰りをお待ちかねだったみたいだ。


「だれ? このお兄ちゃん?」


 確か4歳って言ってた。思ってたより4歳ってちっちゃい。事前に名前を聞いてた「和人くん」生粋のお姉ちゃん子。うん、その気持ちわかるよ、俺もシスコンだからな!


「えっとねぇ、この人はお姉ちゃんの……お友……ボーイフレンドかな?」


「ぼーいふれんど?」


「男の子のお友達(笑)」


「こんにちは。和人くん、俺は……淳之介だよ」


「じゅんの…すけ?」


「うん、お姉ちゃんの学校のお友達。今日はね、和人くんにおみやげ。アイス食べる?」


「アイス!! 食べる! かずとね、アイスすき!」


 名前と一緒に好きなもの聞いていたので、近くのコンビニで買ってきた。朝練で帰る予定だった関さんを巻き込んでしまったお詫び。拉致ったのは俺じゃないけど。


「ハルナ〜なんで、そんな格好で帰ってきたのよ」


 玄関先で和人くんと遊んでいると、お母さんが現れた。関さんと同じく背の高いお母さんだった。


「あっ、はじめまして……梶といいます。その関さんとはクラスメイトで」


「えっ? えぇ〜〜〜〜⁉ なに、あんた、彼氏いるの⁉ 連れてくるなら言ってよ! 晩御飯食べていくよね⁉」


「いや、その……お構いなく。そのユニフォームで電車にひとりだと可哀想なんで……」


「いえいえ、お構いさせてください! その、梶君! どうぞどうぞ!」


「ちょ、お母さん! 梶君びっくりしてるじゃない! もう、お母さん! ごめんね、なんか……もし嫌じゃなかったら食べてってよ」


「嫌じゃないけど、緊張するね」


「ホントね。着替えてくるから和人と遊んでてよ、最近サッカーに目覚めてて(笑)」


 気付けば和人くんは手にサッカーボールを抱えていた。遊んでもらう気満々。俺は関さんに断って道の向かえにある公園にふたりで出かけた。

 小さな手を引いて道を渡る。クルマはほとんど走ってないけど、和人くんはちゃんと右左を確認する。普段から関さんが教えてるのだろう。


 俺にとってこの役目は雪ちゃんだったのかも。雪ちゃんはよく俺と遊んでくれた。それがもとで、愛莉ちゃんに睨まれたんだけど。

 よく考えたら外で愛莉ちゃんと遊んだ記憶がほとんどない。外遊びは雪ちゃん担当だったのかも。

 いや、案外姉弟ってそんなもんなのかも。いつかは姉、弟離れしていく。もしかしたら、もう始まってるのかな。


「和人くんはお姉ちゃん好き?」


 中々綺麗なパスをする和人くんに聞いてみた。自分に聞くみたいに。


「好き!!」


 案の定いい返事が返ってきた。ニコッと笑って。そうなるとどうなんだ? 俺に焼きもちなんか焼くのだろうか?

 愛莉ちゃんは……アレ? 男友達とか知らない。いたことあるのかすら知らない。いや、これいないのか? 


 1度聞いてみよう。いや、下手に聞いて彼氏とか作ったら……うん。やめよう。愛莉ちゃんはまだ彼氏とか早い。弟は許しませんからね(笑)

 そうなると少し気になる。関さんに彼氏……男友達とかいるんだろうか。いや、興味なだけなんだけど。


「和人くん。お姉ちゃんに男の子のお友達いるの?」


「男の子の? じゅんのすけ!」


 おっと、中々見どころある返事じゃないか。今度お菓子も買ってこよう。


「他には?」


「いない〜〜」


 内心ホッとしてるのはなんでなんだろ。


「じゅんのすけくん? 弟になに聞き出してるかな? それトップシークレットなんだけど? 直接聞けば?(笑)」


 腰に手を当てた関さんがそこに立っていた。いつもは制服なんでスカートだけど、ジーンズにトレーナー。ラフな格好が似合う。

 スタイルがいいから、こういう普段着すらかっこよく見える。


「彼氏いるの?」


「どうでしょうかね? いる人に言えません(笑)それとも元カノも加えて3人体制ですか? 彼女ユニットですか? その場合センター誰でしょう?」


 冗談半分で肩をぶつけてくるけど、そこそこ痛い。冗談じゃないのか?


「お姉ちゃん、明日遊ぶ?」


 サッカーボールを抱えた顔で和人くんはニンマリと笑う。めっちゃ期待した顔。部活がないことを知ってるみたいだ。


「明日ね、うん……明日はその、お姉ちゃん忘れ物して学校行かなきゃなの」


「そうなの? その後は?」


 グイグイくる弟に押されて困った関さんは俺を見る。そういえば俺のプロデュースで遊ぶ約束をしてた。


「ごめんね、明日はね……このお兄ちゃんと遊ぶ約束なの」


「そうなの……?」


 明らかにしゅんとする和人くん。わかる! わかるぞ! お姉ちゃんを取られた気持ち! この歳になっても、いや経験したことないけどざわざわするよな!


「和人くん。明日3人で遊ぼうか?」


「えっ! いいの? 遊ぶ〜〜」


 俺の提案に関さんは驚いた顔したけど、小躍りする弟を抱き上げ頬っぺたをスリスリする関さんが、なんか可愛かった。
















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