第59話 いつも何かが嚙み合わない。

「タダいまお掛けになった電話番号は――」


 実際にこんなベタな居留守使うヤツいるんだなぁ……しかも微妙に片言だし。昔の刑事ドラマ風に言うなら「無駄な抵抗はよせ」なんだけど、面と向かってというか、現実にこんな逃げされたら腹が立つ以前に呆れる。小学生ですらしないだろう。


 それを真面目にやってしまうのが桜花だった。そして通用しているかもと信じたり。愉快なヤツなんだけど、コイツと遊んでるほど暇じゃない。


「おまっ、ふざけてないで降りてこい。下いるから3分な」


 そう言って通話を切った。すると慌てふためいた桜花が右と左別々のサンダルを履いて息を切らせながら現れた。こんなベタな登場するなら、ヘンな居留守使わなきゃいい。俺は腕組しながら桜花を待っていた。


 現れた桜花はまるで小動物のように怯えた目でそわそわしている。俺が今までなにしたんだ? 若干心外なんだけど。マンションのエントランスの前から出てこない。指を「クイクイ」して手招きするとあからさまに「びくっ」とした。


『例の件』の対応をしないといけない。こんなとこで桜花とショートコントしてる場合じゃない。だから大きく「こっちこい」と再び手招き。もしこれで来ないなら帰ろう。ここまで怯えてるなら、放っておけばもしかしたら卒業まで逃げ回るかもだ。それならそれで手間が省ける。


 しかし、そうしないのが桜花で、だから中途半端に手が掛かる。姿を現さずエントランスの隅で怯えていてくれたら帰ったものの「なに?」と目も合わさずに微妙な距離まで現れた。


「なにじゃねぇ!」


「ひっ⁉ ごめんなさい!」

 拝むように両手を顔の前で合わせる。反省してる感じが不思議なくらいしない。


「おまえ、今なにに謝った? 怒らないから言ってみろ!」

 もちろん、怒ってる。当たり前だ。


「すでに怒ってますが?」


「おまえが逃げも隠れもするからだろ!」


「だって!」


「何がだってだ?」


「だってはだってだし……なんか気まずいし……」


「逃げ続けるのか? 俺が機嫌なおったら、それとな~~く合流して何にもなかった顔して知らんぷりする気だったか?」


「ドキッ」


「『ドキッ』じゃねぇ! この事なかれ女子!」

「言い返す言葉もございません……もし時が戻せるならあの時間に戻りたい」

 胸の前で手を組む姿はなんちゃって聖女様に見えるが、見えるだけでこいつは如何に言い訳しようかしか考えてない、たぶん。待てよ、あの時って……


「あの時ってちなみにいつだ?」


「えっ? さっきの留守番電話サービスの時。もっとうまく出来たと思うの。やれば出来る子だし……痛っ! 痛い‼ ぐりぐりしないで、痛い! ごめんなさいって!」


 俺は息を荒げて桜花の頭をぐりぐりした。こんなトコで遊んでる場合じゃないんだけど、コイツは余りに緊迫感が欠けている。まぁ、仕方ないか。まだ桜花には『例の件』志穂が木田に脅されたことを伝えてない。立ち聞きのことはもういいか、謝って貰ったところで何も変わらないし。


「マジ⁉ 木田がそこまで」


 ある意味俺は桜花を諦めた。仲間内として共有すべきことを淡々と共有しよう。今の桜花は単なる小動物に過ぎない。俺が肉食獣に見えるなら怯えて当たり前。そこをどうにかしろって言っても無理な相談だ。


「だから、前に話したろ? こうなった時どうするかって。その話だけしに来た。後になってびっくりさせたくないし」


「そうなんだ……わざわざ?」


「一応。用事は済んだから帰るわ、お母さんによろしく」


「あの、梶?」


「なに、?」


「うぅ……ごめん。私チキンで」


「いいんじゃないか、別に。気にしてない。あの時、志穂の『学校の裏サイト』の時庇ってくれたから、それ返しにきただけ。だから、立ち聞きのことはもういいよ。気にしなくて。貸し借りナシみたいな感じでいいだろ?」


「それって……」


「特に意味ないかな。俺が何かお前に言っても、言わされた感じになっても嫌だし、そういうの渋々言うもんじゃないだろ? 伝えたい言葉がないんなら、ここまでだと俺は思うよ。家族にも『例の件』言わないとだから、行くわ」


 俺は素っ気なく背を向けた。関さんの時みたいに追いかけて来るかもと思ったが、駅で電車を待つ間も桜花の姿を見ることはなかった。何もかもうまく行くってわけにはいかないみたいだ。いつもの感覚だ。桜花とはいつもどこかが噛み合わない。


 歩み寄ればいいと思うのだけど、素直になれない。俺の中で桜花とはこの先ずっと、どこかが噛み合わないんじゃないかという危機感というか、諦めの感情が芽生えていた。


 ***

「意外に早かったなぁ」

 自宅に戻って俺は父さんに報告をした。志穂が脅迫されていることについて。幸い愛莉ちゃんもリビングに居たので、改めて説明する手間が省てた。愛莉ちゃんがいるので敢えて父さんにこの話題を振った。


「単独犯だと思う?」

 そんなこと思ってもない。思ってもないけど、俺の口から説明するより父さんの言葉の方が愛莉ちゃんには響く。ここで変に愛莉ちゃんに庇われたら面倒だ。


「冗談だろ? 完全にあの娘……なんて言ったっけ愛莉? バスケ部で面倒見てもらってる妹の方」


「麻利衣? 麻利衣がどうしたの?」


「いや、志穂ちゃんが脅迫されてるの、例の木田クンって子に。お父さん、グルだと思うんだけど?」


「お父さんがそう言うんならそうじゃない? タイミング的に」


「じゃあ、お父さんに任せてくれるな? 淳。行こうか」

 愛莉ちゃんはびっくりするほど、興味を示さなかった。自分の発案で女子バスケ部に麻利衣を入れたから多少なりとも庇うと思ったけど。まぁ、昔から愛莉ちゃんはお父さんの言葉を疑いもしなかったか。


 










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