第58話 火に油を注ぐ。

「そうか、じゃあこれが本当の最後なんだなぁ」

 ミキティーナの反応は予想通り淡々としたものだった。俺も事実だけを伝えて予定通り行動することを付け加えた。ミキティーナは少し迷った後にその迷いを言葉にした。


「梶っち。お前の決断を無駄にするわけじゃないけど、無理に最後にしなくてもよくないか? 我ながら言ってることが支離滅裂だけど」


 電話口から「カリッ」と音が聞こえた。いつもみたいに棒つきキャンディーを齧ったのだろう。ミキティーナは考え事をする時に棒つきキャンディーを舐めた。付き合っていくうちに、何かの判断をする時に必ずキャンディーを齧る。


 今がそうだ「無理に最後にしなくていい」というのはミキティーナにとっては、何かを判断して思いきって口にした言葉。思えば仲がいい程度のクラスメイトの為に頭を悩ませてくれるなんて、すごくありがたい存在だと思うし、贅沢だとも思う。


「うん。ありがと、でも無理に判断しないといけない時もあると思う」


「そうやってみんな大人になっていくってヤツか? そういうのは大多数に任せておけばいいんじゃないか? ぬるく生きようぜ、お互いさ(笑)」


「そうしたいから、最後にしようかと。志穂といればいろんな事思い出して不意にフラッシュバックなんて俺らしくないだろ」


「言えてる(笑)まぁ、気が変わってもあーしは別にだから。その時は気を使って距離とかとるな、これだけは約束な」


「約束する」


 誰かに逃げてもいいんだぞ、と言われるとなぜか、立ち向かう勇気を貰える気がする。それがミキティーナみたいに損得関係のない人ほどそう感じる。皮肉れてるからかも知れないと自虐的に笑って、ミキティーナとの通話を終えた。


 正直無難な順から話を進めている。高坂、古賀さん、ミキティーナは何というか無条件で側に居てくれそうな気がしていた。逆に言えば言い方が悪いかもだけど、もっとも大事な仲間。利害関係がなく遊べる友達だったりする。その中のひとりに桜花のツレであるミキティーナを含んだのはある意味不思議な感じだ。


 普通ならミキティーナから桜花に伝わるかもと警戒するような関係。口留めなんかしてないし、何か言ってないだろうかとかも心配してない。それはミキティーナが口が堅いことを信じてる訳ではなく、俺や桜花に必要と判断したことはミキティーナの判断で伝えていいと思っていた。


 だから、無条件で俺の味方をして欲しいなんて願望はない。全然じゃないけど(笑)信じているとかじゃないにしても、信じて欲しいから他の誰にも言わないことを話したりする。ミキティーナが面倒に感じる時はちゃんと「おまえ、面倒くさい!」と拒否反応を示してくれる。勇気のお裾分けを貰った俺は琴音に連絡した。


 反応は昨日のことや、連絡を取らなかったことに対しての謝罪で始まった。その声の端々に恥を感じた。最近ではあまり感じないでいたけど、琴音はプライドが高い方だ。ここまで自分の行動を恥じた態度、声、言葉を表に出すことは経験がないかも。


 許すべくは許す。


 こころミジンコな俺はそこそこ怒っていたけど、ミキティーナと話して琴音の声を聞いて、怒ってたのをむしろ恥じた。もっと早く俺から連絡を取ってあげていたなら、嫌な思いをする時間が短くて済んだだろうと思う。だから言葉にした。


「悪かったな。もっと早く連絡取ってればよかった」


「そんな……私こそ逃げてた。恥ずかしかった。逃げた自分も恥ずかしいし、許してもらってホッとしてる自分も恥ずかしい」


「そう言うな(笑)すぐに許さなかった俺も恥ずかしくなる」


「ダーリンらしいです。その……『例の件』は承知しました。何か協力できることを考える。あと、許してもらってすぐで生意気なんだけど、聞きたいの。関さんとのこと、何かあった? あっ、言いたくないならいいけど……」


 古賀さんやミキティーナから情報が伝わったとは考えられない。ましてや志穂が琴音に電話するイメージがない。そうなると女子特有の女の勘というヤツか。お茶を濁してもいいのだけど、最近わかった関さんの性格。信じられないほど突撃女子だった。


 その上、立ち聞きした他の三人に対して腹に一物持っていた。自分も立ち聞きしたのに完全に棚上げ状態だ。

 だから、遅かれ早かれ関さんのことは伝わるだろう、本人から。


「キスされたというか、俺からもした」


「そうなんだ。なんでだろうね『どうして?』って聞こうとしてる自分がいる。そんなの聞くまでもないのにね。そうね、あの後。関さんを追いかけたダーリンの後を追ってたら変わってたでしょうね。ズルした結果ね」


「ズルしたの?」


「うん。正確には思考停止。どうしていいかわからなかった。でも、それはダーリンも同じよね。関さんが駆け出したとき考える前に体が動いたんだと思う。自分がかわいかったのかもね。それで関さんはなんて言ってるの?」


「『私が梶君を寝取る、誰からも』だったかな」


「私が知らない間に宣戦布告されてたのね。受けて立つけど、ダーリン的には迷惑かもね、でも引かないわ。ここでズルして泣きたくないし」

 声色がいつもの琴音に近づいた。でも気になったので聞いた。


「キスはその……」いいの? みたいな出来るだけ軽~~い感じで。しかし――

「近いうちに上書き保存するからいい。その上から関さんが上書きしても負けない」

 あっ、火に油を注ぐってこんな感じなんだ。















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