第6話 恋愛的PTSD(心的外傷後ストレス障害)。
俺と佐々木は保健室からの帰りだ。佐々木には失礼だけど、あまり考えないで佐々木と付き合うことになった。
志穂と寝取った木田にざまぁを仕掛けるために。こんな目的のために女子を利用していいのだろうか?
わからない。佐々木はその事を理解したうえで、付き合おうと言ってくれてる。今更隠しても仕方ない。
俺はどうしようもなく不安症に陥っている。油断すると志穂と木田が、裸で愛し合っている映像が浮かんでしまう。
こうやって佐々木と廊下を歩いている、今この時でさえ、ふたりは校内のどこか、例えば誰もいない美術準備室で、志穂が後ろから木田に犯されている映像が浮かんでしまう。
少しくらい首を振り回しても、悪い想像は消えてくれない。志穂は俺を見ながら木田にイカされ、満足そうにまどろむ。そんなどうしようもない妄想に苦しんだ。
だから、俺は佐々木の提案を受け入れて、付き合った。早く佐々木に志穂との日々を上書きして欲しかった。動機は我ながらクソだ。
「よし! 言っとくけど私にとっては初カレシなんだからね、ビシッとしなさいよ! ビシッと! あれ、いま私ってさ母みたいだった?(笑)お母さんって呼んでもいいよ?(笑)」
おどけた佐々木はスマホを取り出してツーショットを撮る。そのまま誰かに「告った! オッケーだった! 協力よろしく!」と短い電話をした。
佐々木は気を使ってくれてるけど、やっぱり心は重い。寝取られた男がどんな目で見られるかなんて、普段考えたことなかった。
想定する限界は振られたら嫌だなぁ、くらい。どんな想像もろくな方向を向かない。さぞ世間の目は冷たいだろう、あざ笑うような目で陰口を叩かれるのだろうと思っていた。
それこそ、ざまぁみたいに思われると。でも意外にそうでもない。そうならなかった理由は簡単。佐々木桜花のお陰。志穂と付き合っている時はあまり意識しなかったが、彼女はクラスの女子最大派閥の中心人物。
別に大きな顔してるわけじゃないけど、陽気な彼女の周りには人が集まる。自然その隣りにいると女子が溢れた。
その中でいつも佐々木の近くにいる、なんて言うか斬新な髪色……インナーカラーというのか、内側が赤い。小柄な元気系女子。
ゴスロリがめちゃめちゃ似合うような子、楢崎
「よっ! 梶っち。私のこと今日からミキティーナな?」
「梶っち⁉ み、ミキティ⁉ 楢崎さんじゃなく?」
「ミキティーナ! ちゃんとミキティーナ言えたら飴あげる」
そう言って楢崎さん……ミキティーナは棒についた丸いキャンディーをくれた。
「もう実希菜、誰もそんな呼び方してないでしょ」
「うるさい! 佐々木。何事も最初が肝心なの。梶っちは未来永劫ミキティーナ呼びをすること!」
佐々木は笑いながらミキティーナの頭を撫でるが、本人は露骨に嫌な顔した。佐々木が高身長なのに対し、ミキティーナはクラスで一番小さい。子供扱いされてるのがムカついているみたい。
「ところでミキティーナ?」
「いや、佐々木はいいよ、実希菜で。梶っちの特別感消えんだろ?」
「なによ、ケチ。まぁ、いい! ところで梶がさぁ、今日教科書ぜ〜んぶ忘れたんだって。おっちょこちょいでしょ~~実希菜、隣だから見せたげてよ」
「えぇ〜別にいいけど、周回できないだろ~〜授業中に~~はい! おっちょこちょいな梶っち、ちゃんと反省してお願いしてみ? ちな反省のポーズこれな?」
そう言ってミキティーナに、俺は日光サル軍団バリの反省のポーズを仕込まれた。ちなみに反省した時の手は、ミキティーナの肩に置くよう指示された。
その時触れた肩。びっくりするほど華奢で、中学上がりたての従妹と変わらないくらい細い。考えてみたら、単に隣の席の女子の肩に触ることなんて、滅多にどころか絶対ない。
誰も気にしてないみたいだけど、内心ドキドキした。そのドキドキが収まるのを待って、俺は佐々木を見る。俺は教科書を忘れてない。
もちろん、全部。だけど……そう思ってわかった。佐々木とは席が遠い。だから楢崎さん……ミキティーナを俺の近くに置いて、志穂を近づけないようにしてくれたんだ。
そういえば、他の子たちも近くにいて、たぶん壁を作ってくれていた。志穂が接触してくるのを邪魔するためだ。この連携を取るため、さっき廊下で短い電話を掛けていたことに気付く。
その心遣いに俺は、少し落ち着きを取り戻した。寝取られたダメ男に、こんな気遣いしてくれるとは思いもしてなかった。
楢崎さん、ミキティーナだって隣の席だけど、挨拶とか、暑いなとか、お腹すいたなぁくらいしか話したことない。
俺は基本休み時間は志穂と男友達の高坂と過ごしていた。クラスにはそこそこ馴染んでいたつもりだったが、何も知らないことに気付く。
でも、それがまだ1学期の初めで良かった。これから知ればいい。この先、志穂との時間がなくなるのだから、時間はたっぷりある。
そんな事を考えていると、想像していた以上に心が軽い。これも全部佐々木のおかげだ。
でもなんでこんなにしてくれるんだ?
志穂とお相手の木田にざまぁをしてやりたいと言っていたが、俺と付き合ってまですることだろうか?
そもそも、佐々木ならそれこそイケメンが……そう思ったら不意に視界の中に木田が入る。
諸悪の根源。自分で言うのもなんだけど、俺はヘタレじゃない。こんなひょろいイケメンに舐められていいのか?
そう思うと、ふつふつと怒りが蘇る。佐々木には「暴力はダメ、絶対!」みたいなこと言われたが。もしかしてフリじゃないだろうな?
そんな不穏な感情に支配されかけた俺に、いつもながら蔑んだ視線。大丈夫、この視線は慣れてる。
「梶君改めカジジュン。有難く思いなさい。今なら1限目の数学のノートを見せたあげなくもないわ。ちなみに私レベルになると、昼休みにバナナオーレと等価が相場。感謝してむせび泣きなさい」
「えっと、バナナオーレたかられた上に、むせび泣かないとなのか、委員長ちゃん改め和田琴音」
「まんまじゃない。ひねりなさいよ、ちなみに私は呼び捨てに弱いから、佐々木さんと恋のライバル待ったなしよ、私に蔑まれながら生涯を送りたくないなら琴音さまにすることね」
「わかった、琴音」
「あくまでも、呼び捨てにする気なのね。いいわ、週末お父さまに挨拶しにいらっしゃい」
「マジ?」
「マジよ。あなたビーフストロガノフ食べれるかしら。仕方ないからここはまず、胃袋から押さえにかかるわ。もちろん私の手料理よ」
「ははっ……和田さん、その冗談よね?」
「あら、佐々木さん。いきなり失恋の危機に立たされたわね。でも安心して、私優しいから蛇の生殺しなんかにしないで、きっちり屠るから」
『屠る』って私を? みたいな情けない顔して佐々木は俺を見た。変わらない日常。寝取られたからって周りの見る目は同じだ。
だから気を抜いてしまった。安心してしまった。だけど、異変は突然起きる。どこからか僕の背中にトントンと叩く手があった。
バスケバカと佐々木に揶揄された高坂だろうか? 迂闊にも俺は無防備で振り向いてしまった。
「梶君、ちょっといい?」
「――澤北」
ドクン……ドクン……ドクン……俺の心臓は信じられない程の速さで、激しく鼓動を刻みだした。思わずのみ込む生唾。手汗が酷い。
俺は危うく志穂と言い掛けた。俺の肩を叩いてチョイチョイと手招きする。いつもならこれに応じて、ホイホイついて行っていたが、どの面下げて接触してくる?
しかし、俺以上に周りは過敏に反応した。佐々木は顔を歪め、委員長ちゃん改め琴音は結構響く音で舌打ちをした。楢崎さん、ミキティーナは舐めていた飴を奥歯で嚙み砕いた。
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