第22話 完全破壊。

 ***

 ほんの少し時を戻そう。

 澤北麻利衣が古賀亜莉莎アリサに『どうぞお好きにお引き取りください』とまるで玩具に飽きた子供が手放すように突如解放され、ポツンと廊下にひとり。途方に暮れると思いきや、口元が避けたように歪に笑う。


 思えば麻利衣も不憫ではある。姉妹の母親は神経質な一面を持つが、物静かで年齢不詳の美しさと薬剤師としての職を得ていた。


 姉、志穂は母親譲りの端正な顔と美しい立ち姿、澄んだ声を持っていた。それに対し、麻利衣はどちらかといえば、愛嬌のある顔。かわいくはあるが、美しいとは程遠く、母や姉に対しての容姿の劣等感からか性格がねじ曲がっていった。


 その性格の悪さが時折顔に出て、見ようによれば愛嬌があり、かわいい顔も醜悪に映るから不思議だ。加え、スタイルもそれほど胸が大きいわけではないが、それが逆に志穂の魅力になっていたのに対し、麻利衣はよく言えば幼児体形。言葉を飾らないなら寸胴。


 つまりは母の遺伝子をすべて手に入れたのが志穂で、父親寄りが麻利衣だ。ただ、母の頭の良さは志穂には遺伝されてないのか、成績は悪い。勉強が嫌いなのが大きい。


 麻利衣は母の賢さを受け継いだものの、そのすべてを悪だくみに極振りした。悪知恵が回り、人を陥れることに対しては他の追従を許さない。だから、彼女は心の底から笑っていた。可笑しかった。


 淳之介の前で賢く振舞っている古賀亜莉莎アリサがバカに見えて仕方ない。


 ここは一息ついてまず、麻利衣は必要なものを集めることにした。これから取り掛かる作戦には何点か道具が必要だった。ひとつは破壊力の高い鈍器。あとガムテープ。よく切れるハサミも出来たら欲しい。


 1番手に入りにくいと思われた「破壊力の高い鈍器」にはあてがある。校庭のバックネット裏に立て掛けられたまま放置された、木製バット。校舎から見つけられないように背を屈めながら入手した。


 ガムテープとハサミはくつ箱近くの道具箱にあるので、これらを手に入れるのに10分と掛からなかった。目指す場所は言うでもない情報処理部の部室。目的はひとつ。


 自分の顔が映り込んでいる「学校の裏サイト」動画。顔認証ソフトに掛けられているデータの破壊。


(モブ先輩もバカだよね~~わざわざ私にそんな事言う必要ある? まぁ、バカの考えることは、お利口さんの私にはわかりません! しかも昼休みまで解析に掛かるって、モブ先輩みたいに使えないPCねぇ)


 木製バットが手に馴染むように廊下でぶんぶん振り回した。幸い部活棟と呼ばれる教室は離れにあり、授業で使われる家庭科室と美術室、音楽室は外から確認できた。


(さすが私、日頃の行いが神懸かってる! 授業ゼロじゃん!)


 それもそのはず。実際は実技科目の授業はあったものの、志穂と木田のラブホ事件で全校生徒教室待機なので、移動教室も含めた生徒全員が自分の教室。教師全員が職員会議中。


「なんだ、コソコソしなくてよかったんだ。損しちゃった」


 淳之介同様帰宅部の麻利衣は、部活動棟の配置がわからない。1階部分は実技教室が並びその上の階が文化部の部室が並ぶはず、くらいしか知らない。


 教室の扉にはプレートがあり、配置を知らなくても一目瞭然。目的の情報処理部のプレートが部室前の柱に掛かってあった。


 部活棟と呼ばれるこの建屋は今時珍しく木造。耐震構造上どうなのか心配だが、こじんまりとした2階建て建築で、どこか田舎の廃校を思わせる佇まいだ。そんなこともあり、廊下に面した窓のすりガラスは薄く、ひじを強めにぶつけただけでも割れそうだ。


「せっかくガムテもあるから、動画で見た『音を出さずに窓ガラスを割る方法』試してみよう」


 麻利衣は少し変わっていた。いや少しではないか。あまり同年代の女子が興味を持たない、こういった一般住宅に侵入する方法など、犯罪じみた動画を好んで観た。まぁ、普通の感性の持ち主が好意を持つ異性に、自身の陰毛を飲ませたりはしないし、それがご褒美になるなんて思わない。


 定番の『ぴぃー』という音と共にガムテを引っ張り出し、丁寧にすりガラスのカギ近くを養生する。音が出ないようにするのと、進入時ケガをしないための対策だ。


 まぁ、普通の高一には必要ない知識だ。靴箱側にあった道具箱からついでに持ってきた軍手で細かく割れたガラスを払い除け、難なく侵入。取り掛かって僅か数分。動画で普段から学習してるとはいえ、手際がいい。


 情報処理部に侵入後すぐに目に入ったのは、いつの頃のだろうというPC。モニターもブラウン管で画面の緑の文字が規則的に点滅していた。冷却ファンの音だろうか、低い音がかび臭い部室で響いた。


「なにこんなので顔認証とかしようとしてたの、モブ先輩……そりゃ、素人の私が見ても時間かかるでしょ、って感じ。まぁ、そのお陰で助かったんだけど(笑)」


 不揃いのPCデスクに並べられた機器を見て少し考えたものの、めんどくさくなった麻利衣は、近くにあったモニター目掛けて、木製バットを一撃入れた。ド派手なガラスの弾ける音はするが、想像していた火花が散ったり煙が出たりはしなかった。


 代わりにかび臭い埃が舞い上がり、麻利衣の心に高揚感という火がついた。はじめは静かに破壊するつもりだったが、次第に狂ったように木製バットを振るい、部室中の旧型PCが見るも無残な姿となった。


 そして麻利衣は念入りにPCをコンセントから抜き、ケーブル類をハサミで切り裂き、一息ついた。帰宅部で女子。木製バットを時を忘れる程振り回すと息切れもする。一休みしようかと見た窓辺に活けられた一輪の花に目が留まる。


「もう疲れちゃったし、ズルしようかなぁ~~(笑)」


 そう言って一輪の花を投げ捨て、その花瓶にある水をPCに掛けた。ご丁寧に水道を何往復もして水浸しにし、旧式のPCを完全に破壊した。モブ先輩こと古賀亜莉莎アリサの吠えずらを思い浮かべほくそ笑みながら、スマホを取り出し電話を掛ける。


「はい、そうです。校門前までタクシーお願いします。女生徒を自宅まで……はい。10分後ですか? わかりました準備させます。あっ、そうそう。その子ソフトボール部ですのでバット持ってますが、構いませんか? 大丈夫? トランクに? 構いません。ではバットを持っている生徒ですので、よろしくお願いいたします」


(ふん、確かにモブ先輩の予言通り教室には戻らないのは癪だけど……証拠のひとつは完全破壊! は――)

















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