第42話 告白。

 どうしてこの話をする相手を琴音にしたのか、実はあまりうまく説明出来ない。意図的ではないし計画したものでもない。ただ、突発的に琴音が適任だと思った。選んだ。相談相手として、俺の問題を共有する相手として。


「琴音。実は相談がある……その、言いにくいんだけど、個人的な問題を抱えてる」

「そう。その相談相手に私が? 有難いことです、言いにくいことを告げられる相手になれてることが、誇らしいです」


「怒らないで聞いてくれるか? その、なんていうか問題が起った状況にというか」


「事と場合によりますが……と言いたいとこですが、大丈夫です。1ミリも怒りませんから、何なりとお伝えください」


 胸にそっと手を当てる琴音が聖女に見えたのは気のせいか。その所作が心の準備をしているように見えた。自分では決めたことだけど、躊躇いを感じる。こんなこと同級生の女子に話すことじゃない。それはわかっていた。でもどこかでわかって欲しい思いがある。


「志穂のこと。木田とのこと、寝取られのことなんだけど、自分が思っていた以上にダメージがあったみたいで、その内面的に(笑)」


 俺は無理やり笑ったが、うまく笑えたかは謎だ。いや、琴音の反応を見てるとお世辞にもうまく笑えてない。


「それは、おいたわしい……私が聞くことでダーリンのお役に立てるのであれば」


 目を伏せながら、琴音は覚悟した目で見返してくる。もうヒヨっても後には退けない。自ら橋を焼いておきながら少し後悔。仕方ない、聞いて貰おう。


「その……女子に話すことじゃないんだけど、こんな内容」


「でも、聞かせる相手として私を選んだ。それには理由があるはずです。構いません、話してください」


「その……。はははっ……いや、直球過ぎた。ごめん忘れて」


「――……? その、ダーリン。もしや、そのの噂に聞くところの……」


「ご存じでしたか……はい……その朝の……です。いや、正確には……ほぼ1日中なんですが……」


 なんで敬語なんだ。


「大きい声では言えませんが、もしや『』というヤツですか……?」


「う……っ、調べてないんであれですけど……恐らく。疲れてるとか思いたいんだけど……ごめん、唐突にこんな話」


『ED』という文字が刻まれた岩が頭に降り注いだ。

『あっ、それな!』と明るく返せる余裕が俺にはない。


「いえ私の方こそ、そのような問題を抱えてるのに、斎藤さんに構えなんて……酷い女でした。その……どなたかに、ご両親やお姉さまにはご相談されました?」


「いや、ことが事だけに中々……恥ずかしいとか言ってる場合じゃないけど、その生活に支障がないと言えばそうだし」


「でも、その……わからないのですが、男性としてのと申しましょうか、な何かを失われたのでは⁉ もしやも! なんとおいたわしい……」


 いや、あまりにもテンパってて自信とか威厳まで考えが及ばなかった。改めて琴音のリアクションを受け、俺はもっと冷静に落ち込むべきだったかもと反省した。

 いやいや、自信や威厳を失わないとだったんだ……ははっ心の平穏が今失われた気がする。


 医師の診断を受けた訳じゃないけど『ED』なら、わかんないけど早く処置とかしないとなのか? そんな焦りまくりの俺の内心を、察してくれた琴音が窓辺に置いた俺の手の甲にそっと手を重ねてきた。


 ボディータッチがきわめて少ない琴音のこの行動に、俺は驚きを隠せない。息を飲む、そんな感じだったがその後見せた琴音の笑顔に呼吸を忘れそうになった。優しく包み込むようなその笑顔は、身近な女性の誰とも違っていた。


「ダーリン。古賀さんではありませんが、私に解決策がございます。私の母は医師です。専門ではありませんが、ご相談に乗れると思います。

 ですが、医師でもない私の意見と笑わないでくださいね。母に相談する前に、ご自身で解決すべき問題と向き合ってみてはいかがですか?」


「俺自身が向き合う問題……?」


「えぇ。古賀さんに習って先に答えを提示します。後はダーリン次第です」


「答え?」


「はい。考えようですが我田引水。誘引とも取れるでしょう。私に都合のいいように導こうとしていると。ただ、ここは私を信じて頂きたいです」


「それは信じるけど……いや、俺お前を疑ったことある?」


「いえ、それは佐々木さんに対しても、ミキティーナ、関さん、古賀さんに高坂くんに対してもですよね? 信じ過ぎと言いたいワケじゃないです。周りにいい人を引き寄せる体質なのかも知れないですね。でも――」


「俺の中に疑いの芽が育った」


「はい。信じやすいダーリンに、付け込んだとまでは思いませんが。心配なんでしょ? 知らない間にまた……」


 言ってる意味は分かる。言わんとすることも、そのほとんどが俺の中の疑問とか、迷いと一致している。誘引――自分の考えに誘い込もうとしている、そんな疑いを受ける可能性を理解していても俺を諭そうとしているのか、琴音は。古賀さんといい、ミキティーナといい、どうしてここまでしてくれる?


 答えは簡単。俺を大事に思ってくれてる。心配してくれてるんだ。そして気付いた。志穂が不貞腐れてるのは、自分の存在とか感情が俺と仲間との不協和音になると。自分は邪魔な存在であり、邪魔な感情だと志穂自身が何となく感じていた。

 だけど、その何となくが確信に変わった。今朝、麻利衣の襲来が改めて思い出させたんだ。居てはいけない存在かもと。


「どうしたらいい?」


「答えはダーリンが決めて。でも、言ったわね『古賀さんに習って先に答えを提示します』って。最近、昼休みは屋上にいるわ。邪魔が入らないように佐々木さんは引き付ける、これでどうかしら? 本格的によりを戻すのも、ひと区切りするのもダーリン次第」


「いいのか、そんな自由で」


「よくないけど、仕方なくない? 私はダーリンにとって1番の理解者でありたい。きれい事でしょ?」


「きれい事だ。あと……その、きれいだと思う」


「あら、恥ずかしい。これを頂いた上にお褒めのお言葉まで。佐々木さんなら『どうしよ、捨てられるフラグだ!』とかで大騒ぎでしょうね、私は根が厚かましいのでしょうか、額面通り受け取らして頂きます」


 琴音は今朝渡したかんざしに手をやり、恥ずかしそうなそぶりで、はにかみながら笑った。その仕草が知っている誰とも、知っていた琴音自身とも違っていた。もしかしたら、俺にしか見せない琴音の1面。


「あと、ダーリン。私の中の不安のひとつ聞いてください」


「琴音の?」


「おかしいですか、私にもありますよ、不安の種もひとつやふたつ。それに、ご存知の通り計算高いです(笑)ですので、これが足かせになればと」


「足かせ?」


「私とも付き合ってくれませんか。二股を容認してる訳じゃないのですが、ダーリンには私もいると知ってもらいたくて。このタイミングなのは腹黒感は否めないですよね(笑)考えておくとかはなしです、意外かもですが小心者なので、ほら手が震えてる」


 差し出された手は確かに小刻みに震えていた。たぶん仲間内では一番度胸が座ってる琴音の手が震えていた。それを見て胸が締め付けられた。


「その……その先は?」


「実はまったくノープランです。斎藤さんとよりを戻したあと後悔したくないの」


「より戻さなきゃ?」


「ん……その、せめて佐々木さんと同列になりたい。ダーリン知らないでしょうけど、ダーリンいない時の『私彼女ですが?』アピールが心底ウザい」


「なんか目に浮かぶわ」


「でしょ?」


「あの……その、この先も迷惑掛けると思うけど」


 付き合うという概念がよくわかってない3人。子供過ぎる3人ではあるけど、俺たちは迷いながらこの結論に1度落ち着こうと思う。子供な俺がどっちが上かとか、無責任なこと言えない。例え今無責任な判断をしたとしても。答えは俺たち3人が探すだろう。


 そして俺はしばらくの間、琴音と付き合うという事実を、桜花に言うのを忘れるのであった。そしていつもの流れで「梶は私に冷たい」とぐずられる。











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