第15話 何で泣くの?

「あんた、チャイム鳴ったわよ。早く自分の教室に戻りなさい。先生に怒られるわよ」


 志穂が姉らしい口調で麻利衣を諭す。取り乱し、疲れた表情に俺の怒りの刃が戸惑い、鈍る。


 今朝まで大好きだった彼女。ずっと一緒にいたいと思ってた女子。油断したら何もかも許してしまいそうになる。俺の中で許してあげたい気持ちがある。寝取られた今でも。


 でも、よかった。わずかに残った良心は麻利衣の下卑た含み笑いで、踏みとどまった。彼女の下品な笑顔は俺の僅かなセンチメンタルなんて簡単に踏み砕く。


 考えてみたら、もし志穂が寝取られてなかったら、この麻利衣との関係が続いていただろう。


 センチメンタルに流されて許すのなら、この精神の薄汚れた妹を受け入れることに繋がる。


 それは想像したくもない未来。そんな暗黒な未来を想像してしまい、思わず俺は衝動的に麻利衣を腹パンしたくなる。いや、法律的に3発までは許されそうだ。腹パン無罪。


 それを我慢したのは、殴る拳ですら麻利衣に触れたくない。気づかないものだろうか。ここまで、嫌われてることに。


「そんなの嫌。私がついてないとお兄さん、お姉ちゃんに言いくるめられちゃう。としては最後まで付いていてあげないと。?」


 新しいとして紹介したはずの木田をガン無視し、俺に話しかける。いや、待てよ……


……⁉』俺はその言葉に、胃液が逆流しそうになった。そ、そういう意味で言ってるのか⁉ コイツはで、あんな嫌がらせを、続けたのか⁉


 殺してやる。この校内で生きていけないくらい、徹底的に恥辱を味あわせ、精神的に殺してやる。


 あんな事したことを心の底から、後悔させてやる。


(ねぇ……考え過ぎかな、高坂……今の妹さんの『』って私が考えてるので正解? いや、って言って! お願い‼ 高坂!)


(佐々木ちゃん、残念だけど……正解かな? えっと答え合わせする?)


(い、いらないわよ‼ だっ、だってあれでしょ⁉ む、下の毛で育てたとかでしょ⁉ もう嫌悪感通り越して、殺意しか湧かない……高坂! あの娘だけに隕石落ちる黒魔術知らない⁉)


(ちょっと、佐々木さん。さっきから高坂君となにコソコソ話してるの? あっ、あれね? 強力過ぎる恋のライバルの私の出現で、ヒヨって高坂君に乗り換えたのね? 感心、感心)


(バカ言わないで、何でにって、いま高坂なんていい! 高坂! この話。委員長と実希菜に話す、いいでしょ?)


(いいけど……あっ、悪い。僕も行かないと)


(ちょ、高坂⁉ が行っても、邪魔なだけでしょ! あんたの取り柄は、無駄に女子力が高いとこだけだからね!)


「んん……そうかもだけど、ひとりしかいない親友だから」


「「「、なんか恰好つけてる‼」」」


 ***

「チョコ……」


「チョコ?」


 俺が嘔吐しそうな気持ち悪さを抑え、何とか言葉にした声を志穂は繰り返す。


 眉間に皺が寄り、俺のことを心配してくれてるのが伝わってくる。やめてくれ、そんな顔しないでくれ。


 その優しさを向ける相手は、もう俺じゃない。


「梶君、大丈夫? 無理しないで、今朝も胃痛で保健室行ったところでしょ……その胃痛は私のせいだよね、なに言ってんだろ私。そんな当たり前のこと……」


「お姉ちゃん? お姉ちゃんが話し掛ければ、掛けるほどお兄さん苦しむんですけどぉ~~もう、やめてあげたらぁ?」


 悦に浸った目で麻利衣は姉を見下す。なに勝ち誇ってるんだ? お前はただのメスガキ。


 この件に関しては俺が悪い。こんなバカする妹がいるのが可哀そうだった。だから黙ってた。黙ってるのをいい事に、調子に乗りやがった。


 でも、忘れてないか? 今まで俺が話さなかったのも、ある程度脅しが効いたのも志穂ありき。


 寝取られたことでその前提が壊れた。黙ってる理由も必要もない。もうお前には保険はないんだ。俺はいつでも心のリミットを解除出来る。


「バレンタインチョコ。手作りの」


「手作りのバレンタインチョコ……? 去年、麻利衣が作った? あっ、ごめん。私不器用で……市販のだったよね、ごめん」


 そこじゃない。そんなこと責めてない、いやむしろ市販の方がどれだけ食べられるか。俺は首を振り、志穂との最後になるだろう会話に足を踏み入れた。


 忘れていたが、クラスメイトはこういうの何ていうのかなぁ……固唾を飲んで見守るか、そんな感じ。



「え……? 毛? えっと、どういう意味かな……聞き間違いかな? それとも? ごめん、私も食べたんだけど……」


「あっと、ここからは僕が補足説明するよ」


「高坂君? ど、どういうこと? なんで高坂君が麻利衣のチョコのことなんて……」


「ほら、そこはジュンの親友ということで。君には言えないことあるだろ? でさ、ひとりで抱えきれない事ってあるでしょ? まぁ、滅多にないけど、あるんだよ、山のように。だって大なり小なりクズ姉妹だもんね♡」


「いいよ、高坂。俺が言うから」


「いいって、何年親友してると思ってるんだ。2年目か……案外短いなぁ。まぁこの先も親友するなら、一緒に矢面に立つ。まず、そうだなぁこれから行っちゃいますか? あっ、自習だからみんな静かにね、見たい人は前きて」


 そう言って高坂は自分のスマホを取り出し、ある画像をクラスメイトに見せた。


 俺は高坂のお言葉に甘えて一息つきたくて、近くにあった椅子に座ろうとしたら、軽くよろめいた。


 情けないけど、そのまま尻もちをつくかな、そんな感じだった。それくらいちょっと参っていた。だけど、不意に誰かに両脇を抱えられた。


 俺を支えた腕は、激しく慟哭し感情を隠すことなく俺に伝えた。


「なんで、泣いてるの」


「な、泣くでしょ! 普通‼ こんな目に合わされたんだから‼ 黙ってられるかっての!」


 そう言って佐々木は子供みたいに地団駄を踏んだ。


「そうね。うん、珍しく私も佐々木さんに激しく同意だわ。まぁ、私強いから、佐々木さんみたく、メソメソ泣いたりなんか……(ぶわっ)失礼。これは泣いてない、3秒ルールよ。3秒以内に泣きやめばノーカン……ぐすん、なんだから!」


「委員長、泣いてんじゃん……意外にいいヤツだな、おまえ。梶っち、心配するな。あーしがこいつら暴走しないように見てるから、やり切れ。わかってるな、ノー暴力だ。精神的に追い込んでギタンギタンにしてやれ!」


 俺はミキティーナに背中を押され、戦線に戻った。休憩はそこそこだけど、勇気を貰った。戦線復帰した俺に関さんが青い顔して質問した。


「梶君。この……チョコ半分に割ってはみ出てるの、? うにょうにょしてるけど……まさかこれ……下の毛⁉ この子剛毛なのまさか下の毛植毛してる⁉……(震え)」


「関さん、なの?(笑) うん、剛毛だね。はははっ、笑えないでしょ? 心の底からシ〇ばいいのにって思うよ、マジで」


 俺の乾いた笑い声が教室に鳴り響いた。でも、ちょっとホッとした。こんなシーンでも関さんは変わらず、関さんだ。ちょっと惚れてしまいそうだ。




























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