第12話 私を信じて!
「カジく~ん! 1年生のお客さん~~1名様ご案内~~(笑)」
ベリーショートのバレー女子が、そのすらっと長い手で手を振って教えてくれた。今回の事関係なく、彼女はいつも笑顔で愛想よくしてくれる。
「ありがと、関さん」
俺も小さく手を振り返す。女子に手を振るのは恥ずかしい。
「梶〜〜1年生に知り合いいるの? あんた帰宅部でしょ?」
「あぁ、委員会の子かなぁ……わからん(笑)」
そんな会話を佐々木と呑気にしていたが、その貴重な呑気タイムは、関さんの後ろから、見覚えのある女子が現れたことで終了した。
「女子だ」
「女子ね」
「梶っち、妹いたの?」
「うわっ……よりによって、今かよ!」
そう言って高坂は天を仰いだ。俺も高坂同様、神に救いを求めて天を仰ぎたかったが、状況が俺に祈ることさえ許さなかった。例え神が許したとしても。
「なに、高坂? 意味深ね、誰あの女子。梶ってさぁ、お姉さんしかいないよね? あの有名な」
「うん……言いにくいんだけど、澤北の妹さん」
「「「マジ⁉」」」
女子の視線が一気に集まる。残念だけど浮ついた状況はゼロ。ゼロどころか、彼女、志穂の妹澤北
漠然と感じていた違和感、疑問、猜疑心などなどが一足飛びに結論を導き出した。
俺は不意に現れた麻利衣が、自分への来客じゃないことを祈りながら志穂の席を見た。
残念ながら誰もそこにはいない。まだ保健室なのかも。仕方ないここは俺が対応するしかないか。
「お兄さん!」
俺を見るなり大きな声を上げる。心配げな表情を浮かべて駆け寄ってくる。
目元は心配げな悲しい目をしているが、なぜか口元が半笑いだ。前に本で読んだことがある。
『目は口程に物を言う。だけど、感情は口元に出る』その知識から導き出すなら、心配したフリして、心では喜んでいることになる。確かにそんな性格のヤツだ。そうなると一体彼女は「何を」喜んでるのだろう?
答えは簡単だ。目の上のたんこぶ、姉志穂の失態。
「ねぇ、高坂。なんであの子、梶のことお兄さんなんて呼んでるの?」
「それは澤北ちゃんの妹だからだろ? まぁ、ジュン曰くジュンの庇護欲引き出す手口がパない、嫌な娘だよ~~」
「なにそれ、姉妹揃って曲者じゃん!」
「ん……今回の寝取られ絡みがなかったら、澤北姉はいい子だよ」
「それって遠回しに澤北妹がダメって言ってない?」
「言ってる(笑)ソースはジュンジュン」
高坂がいい仕事をしてくれたから、麻利衣が近づくまでに女子3人の警戒心が爆上がりした。なんせこの子は曲者。人を騙すことに関しては詐欺師より確実に上だ。
あと、同情を引くことに関しては他の追随を許さない域だと俺は見ていた。あっ、なんだろ。俺、朝から寝取られ男で自己評価どん底だったはずだけど、麻利衣の顔を見て、気分が晴れた。
それは来てくれてうれしいとか、ホッとしたとかじゃない。
ようやく公に縁を切れる時が来たからだ。志穂の妹。その手前、色々遠慮してきたがもういいだろ。サヨナラバイバイだ。
「どうしたんだ、澤北さん。お姉さんから教室来ちゃダメって言われてたでしょ? なんで守れないの?」
「澤北さんだなんて……お兄さん、いつもみたいに麻利衣ちゃんて呼んでください! でも、無理ですよね……お姉ちゃん、姉があんなことした後じゃ……」
「そうだね、無理だねまったくもってムリ!」
「えっ⁉ お、お兄さん⁉」
「ん? もしかして麻利衣ちゃんは関係ないよ、今まで通り仲よくしようなんてなるとでも? ないない、そんなの無理でしょ寝言は寝て言ってね(笑)」
声を荒げないまでも、畳みかける俺の言葉にミキティーナは「えっ?」みたいな顔して、佐々木は口を半開き。
琴音だけはもの知り顔で頷いた。高坂は肩をすくめておどけて見せた。高坂は普段から愚痴を聞いて貰ってるので、状況は見えてるみたい。
「えっとでも、私お兄さんが心配で……」
「ありがと。でも大丈夫。ほら、俺のこと無条件で色々心配してくれる仲間居るし、全然だよ全然」
(ねぇ、高坂……梶ちょっと『全然だよ全然』の部分強調し過ぎじゃない?)
(ははっ、それは将来の禍根を根こそぎ焼き払う気だからでしょ)
(そんなにヤバい子なの?)
(バレンタインの手作りチョコに、自分の毛を入れちゃうくらいって言えば伝わる?)
(伝わる~~‼ っていうか、その情報聞きたくない‼ ホラーだよホラー!)
(付け加えるなら……)
(まだあんの⁉ もうお腹いっぱいだけど、よっしゃ! こーい‼)
(毛は毛でも下の毛な?)
(きゃーーっ‼ 何それ⁉ やっぱ変態姉妹じゃん‼ 高坂! 通報しよう! 保健所に! 食品衛生法違反だよ‼ ちなみに、下の毛でも上の方と……その入り口近辺とじゃ話違うくない⁉)
(リアル過ぎでしょ! でも……この子の性格的に入り口近辺かと! 知らんけど)
(入り口かよ‼ 引くわ~~)
「私だって無条件でお兄さんの味方です‼ お兄さんがいるのに、あんなことしちゃうお姉ちゃんなんか、もう知らないですぅ‼」
「ははっ、相変わらず語尾あざといね~~知ってた? あざと可愛いってのはねぇ~~こういうキャラ立ったきれい系のお姉さんを言うんだよ? 君のは腹黒ぶりっ子ってカテゴリーだから。需要ないよ。琴音お姉さんに謝ろうね?」
「そうよ、あざと可愛いは私の代名詞だから、今後『あざと可愛い』の商標使用しないこと、無許可で使用した場合法的手段も辞さないから、覚悟して」
迷うことなく言い放った。麻利衣の助けを求める視線を感じたが、助ける義理はない。そもそも、志穂のことがあったから最低限構って来ただけ。それがなかったら、とっくにドロップキックでお別れしてる。それくらい嫌いだ。
だいたい、なにが悲しくて寝取られた、その妹の世話を焼くんだ? それも腹黒の。案の定、目をうるうるさせて、上目使いで懇願するような表情で訴えかけてくる。同情を引くことに関してはうまい、うまい!
「お兄さん、あんなことあった後だから、信じられないのわかります、でも私はお姉ちゃんとは違います! 一体どうしたら私を信じてくれますか? 私……お兄さんのためなら、なんでもします‼」
はた目にはここまで言われたら、俺が心が狭いように映る。
実際、それを理解して俺の教室、しかもクラスメイトが食堂に出掛けて、人数が少なくなる昼休みを避け、わざわざ普通の休み時間にしたのは、俺が周りのプレッシャーに屈して麻利衣を受け入れると踏んだから。
志穂には残念だけど今でも未練がある。なんでこんなことになったか知りたい。だけど、この麻利衣には一切の未練はない。
だから言い放った。
「じゃあ、信じて欲しいならケータイ見せてよ」
いびつな笑みを浮かべた口元が、この日初めて焦りに歪んだ。なるほど、やっぱり口元は真実を語るらしい。
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