戦の前の

フィーアールがウイニアの首都に帰参した知らせを受けて、クリウスがアンゼ達を自身の宮殿の応接間に招集した。

「全員そろったか。では作戦会議だね。アンゼ様、こちらは僕の…何だろう、参謀…?…、のソウです。見ての通り、東国の者です。」

アンゼがソウを見遣ると、ソウは澄ました顔で一礼した。初対面のフリをしろということだろう。

「…。そうですか。」

「つまらない…。」

アンゼが返答すると、フィーアールは顔をしかめた。ソウが首をひねる。

「まず今のをシャレととる方がまちがっていると思うが…。」

クリウスが咳払いをし、注目を戻した。

「まあいい。では…」

「まず、ネヒティアを倒してエミューナ様を助け、次にワーネイアを革命党が倒す。それだけです。」

「それはそうなんだけど。細部も伝えておかないと、フィーアール。」

フィーアールにあらましを話されて、クリウスが肩を竦める。アンゼは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「もう初めから決まってたってわけね。…まあいいわ。」

「良いですか?まず、フィーアール君の言った通り、僕達はネヒティアを倒しにかかる。ワーネイア海域を通って、ネヒティアに船で攻め込む。ウイニアの軍船は世界一なんだ。」

「自慢はいいわ。その時のワーネイア軍はどうするの?」

「海上の主戦力は、我がオイディニア軍だ。迎撃を遅らせて、クリウス様の軍だけを逃がし、後続のクリウス様の弟君が指揮する軍を迎え撃つようにする。まあ、足止めですね。そして、俺はその戦いの最中にこっそり抜け出し、革命党員を引き連れてクリウス様の軍と合流する。二人でネヒティアを倒すのです。」

アンゼは首を傾げた。

「どうして革命党がネヒティアを倒すの?」

「ネヒティアは一番教会の力が強いところだし、ワーネイアを倒…救うのに邪魔な存在となる。この機に倒してしまうのが一番なんだ。協力してくれますよね?」

クリウスが革命党語を使いかけて訂正した。アンゼは今更誤魔化さなくてもいいのに、と内心呆れた。結局、革命党が目指すのはワーネイアの転覆。そして、それには自分も賛同したのだ。勿論、革命党に主導権を握らせるつもりはないが。

それに、クリウスは言及しなかったが、アンゼは彼のもう一つの目論見も見当がついていた。万一ネヒティアを倒すことに失敗しても、ワーネイアの海軍大将がネヒティアに攻め込むことには変わりない。その正体が革命党だからといって、ワーネイアの王が知らぬ存ぜぬでは済まされないだろう。二国の連合を破壊し弱体化させ、ウイニアに併合とまではいかなくとも、有利な条件で戦争を終結させる。そうなれば、ワーネイアの革命が失敗したとしても、クリウスのウイニアにおける評価は王とて無視できないものになる。


責めるつもりも指摘するつもりもない。戦争なんてものは、結局、誰もが自身と自身が護りたいものの最大幸福のために動くものなのだ。

アンゼは肩をすくめてみせた。

「協力。協力ねえ。実際私は何もする事ないじゃない。」

「共に来て頂けるだけで十分すぎるほどです。戦いは男の仕事ですから、アンゼさんはその先を見ていて下さい。…ソウはアンゼ様の船を守れ。フィーアールは…?」

「では、俺はワーネイアに戻って準備をします。戦いは三日後にはじまります。」

「了解。」



革命党のアジトでも、戦の前の緊張感が漂っていた。

「とうとう始まるんだ、戦いが…」

「でも、どうしてネヒティアの戦いに俺達が関わるんだ?」

「クリウス様のお願いだよ。」

「聞いたか!?今回の戦いにはアンゼ姫が俺達の側につくらしいぜ?」

「どうしてそんな人の力を借りなくちゃいけないのよ。」

「いや、でも利用する価値は十分にあるぜ。リーダーがうまくやるんだよ。」

「そういえば…、リーダーの『計画』も実行されるのかしら」

「ああ、だからエミューナ姫をネヒティアから取り返しにいくのか。」

「あれだろ、新たな国にする時、アンゼ姫は亡き者にしてエミューナ姫は平民の血が入っているからのこしておくっていう…」

「それで、リーダーはエミューナ姫と結婚する気でしょ」

「何だかなあ。革命には、王族の血はいらないぜ」



フィーアールがワーネイア城に戻ってくると、謁見の間の前で彼に声を掛ける者がいた。

「フィーアール様、お帰りになったのですか。」

「リナレスか。もうけがは大丈夫のようだな。」

「はい。お気遣いありがとうございます。ところで、アンゼ様は…」

「…。戻っては来ない。」

「どうして?こんなにみんなが…、神までがあの方のためにとりはからっているのに…。国民に何と言えば…」

「心配するな。それに、アンゼ様にも考えがあるんだ。」

フィーアールがリナレスに笑顔を向けると、リナレスは俯いて唇を噛んだ。

「…。フィーアール様…今でも、こんな風になっても、アンゼ様を愛していられるのですか?」

リナレスの言葉はフィーアールには意外過ぎて、彼は一瞬呆気にとられたあと声を上げて笑ってしまった。

「フッ…ハハハ。そうだな。(…愛していれば、もっと話は簡単になるのにな。)」

「…。神官長様も、王もこちらにいらっしゃいます。」

「そうか、ありがとう。」

この謁見の間の主を拝むのも、あと何回だろうか。

王を憎いとは思わない。フィーアールにも暖かく接してくれて、恩義すら感じている。しかし、余りにも愚かな王だった。フィーアールがそれを思い知った時には、諭せるような立場でもなかった。王の周りには、最早忠臣など存在していなかったのだ。

アンゼは逆に、賢すぎる。冷たい目をする彼女には人の死を悼む心がない。フェルナ様…エミューナの母君が亡くなった時に、花の一つも寄越さなかった。

あの二人は、鏡のようだ。どちらも王に相応しいとは思わなかった。それ故の、革命である。

フィーアールは胸を張って扉を開けた。

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