異国の地へ

ワーネイアの城下町に出たルドヴィークは、立ち止まって同行のモーチェスに尋ねた。

「セルジュークまではどうやって行くの?」

「クリウスさんに通行許可証を発行してもらいましょう。ウイニアは西国で唯一ルジャーナと交易をしている国です。…あ、セルジュークはルジャーナの首都です。それから、海峡の街に行って、ルジャーナ行きの船に乗る。船は直接セルジュークに着きます。」

エミューナはなるほど、と頷いた。クリウスの街ならば自分も知っている。

「行きますか。クリウス様の街に。ずっと南に行って、国境を超えてすぐのところでしたね…」



クリウスの邸宅の前に一人の男が立っており、エミューナ達が階段を上ってゆくと声を掛けてきた。

「お久しぶりです、僕のこと覚えていますか?」

「えっと…」

エミューナが困惑していると、男は楽しげに笑った。

「そりゃそうでしょうね、僕はクリウス様が国境で捕らえられたあなたがたを馬車でこの街まで案内した時に、馬車の御者をしていた者です。

 クリウス様に会いに来たのですか?残念ですが、クリウス様はもうこの街にはいませんよ。」

「どうしてですか?」

「クリウス様は、ウイニア国王となられたのです!国王様は、ウイニアの首都にいるものです。それで、もうこちらには戻られないのです。」

主の慶事に、得意そうに男が胸を張る。

「そうだったんですか…。おめでとうございます。首都には、どう行けば?」

「まぁ、馬車でも半日で着きますけどね。…実は、特別な方法があるのですよ。」

「特別な?それは、馬車よりももっと早い、ということですか?」

前回は宮殿まで馬車で移動したはずだ。もっと早い方法があったなら、そのやり方で移動すればよかったのにと思う。あの頃にはまだ無かった移動方法ということか。

「はい、あの方は昔から時々その方法で首都を抜け出してこちらに羽を伸ばしに来られます。」

「そうなんですか。」

ということは、当時は単にその移動方法を秘密にしておきたかったのだろう。

「もちろん、こちらからも瞬時に着きますし…何より、首都での長ったらしい手続きをせずに直接クリウス様のところにいけます。」

「…教えていただけますか?」

「えぇ、もちろん。ワーネイアの姫が来たらこの道をお教えするようにとのことですので。」

なるほど、とエミューナは納得した。当時と今とで異なるのは、そう、クリウスの心だ。

「それは…おそらくわたくしのことではないような気が…。いえ、教えてください。」

エミューナが頼むと男は笑顔で邸宅の隣にある彫像を指さした。

「ええ。…そこに、船乙女の像があるでしょう?その裏側の足元に、秘密の裏口があります。奥にある水晶に触れると魔法陣が発動して首都にワープします。」

「…本当に?ボクたちを騙そうとしてやしないだろうね?」

エミューナの後ろから、ルドヴィークが怪訝そうに声を上げる。男はとんでもないという様子で両手を振った。

「まさか。単なるご命令ですよ。」

「…それが一番怪しいんだけど…」

ますます顔をしかめるルドヴィークに、エミューナはそっと耳打ちする。

「ルドヴィーク様。この通路はおそらくアンゼ様のためのもので、わたくし達は想定外です。だから、大丈夫ですよ。」

「…。ふうん。」

ルドヴィークの目が好奇心でキラリと光る。理由が理解できたようだ。エミューナは男に一礼した。

「教えてくださって、ありがとうございます。」

「いえいえ、お役に立てて光栄です。」



ウイニアの王宮にワーネイア王女様御一行が到着したと聞いてクリウスが出迎えに来た。エミューナをにこやかな笑顔で歓迎してくれる。

「誰かと思えば、あなた達か。ルドヴィーク様とモーチェスさんはウイニアにようこそ、だね。」

「アンゼ様じゃなくてがっかりだね?」

ルドヴィークが真顔で尋ねると、クリウスの笑顔が曖昧になった。

「…なんで?」

「何でって何で?」

ルドヴィークは首を傾げてみせる。クリウスは少し困ったような顔になり、助けを求めるようにモーチェスを見た。

「…。ところで、あなた達の用件というのは?」

「ルジャーナ行きの通行許可証を発行していただきたいのです。あと乗船券も。お代は払います。」

モーチェスが簡潔に説明すると、クリウスに再び笑顔が戻った。

「なんだ、そんなこと。いいよ、すぐできるさ。お金なんて気にしないで。ついでにボスペルまで送らせよう。」

「ありがとうございます。」

エミューナがホッとして礼を言う。

「まるで追い出すみたいだね。」

ルドヴィークの言葉に、クリウスは口元に微笑みを残しながら、声を低くした。

「…どうしてそう突っかかりに来る?」

「ヴィーク、お世話になるんですから、余り失礼なことは言わないように。」

モーチェスに言われて、ルドヴィークはムッとした。ルドヴィークはウソつきな大人であるクリウスのことが基本的にきらいだ。エミューナのこともばかにしているくせに、表面的にニコニコと笑って対応するその笑顔がきらいだ。ルドヴィークのことだって、本心ではウイニアがネヒティアを占領するためにさっさと始末しておきたいと思っているのだろう。そんな人間に仲間ヅラされるのは癪だった。どうにかしてこいつから笑顔を剥がし、本心を引き出させたいと思う。しかしモーチェスの言う通り、今はそんないたずらをしていい場面ではない。

「…。…………よろしくおねがイシマス。」

ルドヴィークはまたひとつ、大人になった。



馬車でウイニアを南下してゆく。ウイニアは海峡を挟んで南北に分かれている。もっとも、南側はすぐに砂漠地帯となるため、ウイニアの主要な領土は北側となるのだが、海峡を抑えられているのは外海に出て植民地を増やしたいネヒティアにとって頭の痛い問題だ。ルドヴィークは複雑な気持ちで海峡の町に到着した。

「…ここがボスペル…。」

その隣で、モーチェスが晴れやかな笑顔で伸びをする。

「クリウスさんに会って正解でしたね。普通こんなにとんとん拍子には行かないものなんですよ。」

「この街で、船に乗るんですよね?」

エミューナがモーチェスに尋ねる。モーチェスは心なしか若返ったようにワクワクした表情で頷いた。

「ええ。行きましょう。」


海峡の町ボスペルは、海峡の北側と南側に分かれている。既に結構な人数の異国の民が滞在しており、エミューナとルドヴィークは外国語授業の卒業試験を受けているような気分になった。ルジャーナ語や東方語、その他主要な言語については問題なく会話できる程度のスキルは二人ともにあったが、全く聞いたことのない言葉を話す人々もいた。そういう時はモーチェスに頼る。モーチェスは十年以上前のはずの経験を活かして町に溶け込んでいた。

船旅は順調にいっても二週間、途中逆風や嵐になれば三ヶ月ほどかかる。壊血病や赤痢にならないために、モーチェスは北の大森林で手に入れた素材を売って、ウイニアレモンやミネラル水、回復薬や生薬などかなりの積み荷を買い込んだ。余れば船上で不足した者との取引にも使えるし、ルジャーナで手土産にもなる。買い過ぎて損ということにはならない。


船が出る。エミューナは見たこともない異国の地に思いを馳せる。神無き地、セルジューク。一連の騒動を起こしているのがエミューナ達の神なのか、異教徒の呪術師なのかは分からないが、きっと真実に近づいている。そんな予感がしていた。

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