赤い狼
エミューナ達は一ヶ月の船旅を終え、無事にセルジュークの土を踏むことができた。余った積み荷を一部、港で荷馬車と交換し、残りの積み荷を載せて町へ向かう。
黄白色の城壁が聳える。門には番人が二人立っていた。モーチェス一行を見て誰何する。
「貴様ら、どこから来た?」
「この町に用があります。知り合いもいます。通行許可証も、ほら。」
モーチェスが自分のペースで話をしようとする。
「どこから来たときいているんだ。異教徒は入れん。」
番人がジロリとモーチェスの衣服を見る。さすがに十字塔のロザリオは隠しておいたが、西国の者であることはひと目見て分かるだろう。もう片方の番人が取りなす。
「言いたくないのなら構わん。一つ聞く。貴様の信じる神の名は?」
「アッリアール・サール・アヴェイラー。」
モーチェスが聞き慣れない名を唱える。その名を聞き、頑なだった方の番人も頷く。
「…。いいだろう。」
「神に跪く者に恵みあれ。」
町の中に通してもらいながらエミューナはモーチェスに尋ねた。
「さっきの名前はいったい…」
「あなたがたのいう『異教』の神の名です。唯一尊いとされる全知全能の神です。」
「でもここは『神無き地』って…」
ルドヴィークが首を傾げる。モーチェスは少し緊張した顔で辺りを見回しながら返答する。
「それはすべて我々の側からの見方にすぎない。あなたたちの思う『神』の力がおよばないだけでしょう。」
「そんな世界があったなんて…」
エミューナは目を見開いた。モーチェスは普段の微笑みを取り戻しながら、しかし小さな声で鋭く注意した。
「ここでは、私たちが『異教徒』です。気をつけてください。国の人達は『異教徒』を憎んでいる。」
門を抜けると、大きな城壁に囲まれたセルジュークの町並みが姿を現した。東西に伸びる大通りは、反対側の門が見通せるくらい整備されている。露天商が並び、見たことのない色の武器や防具も売られている。北側に立つのは四階建てほどもあるかと思われる大きな建物で、窓は大通り側にはほとんどなく、入口がいくつか並んでいるだけだ。南側には二階建て程度の、これまた広そうな建物。その向こうには、細々とした住宅街。大通りの真ん中を川が横断している。北側の建物に隠れて見えづらいが、北の城壁には、王城とおぼしき建物があるようだ。
サボテン、ヤシの木、名も知らぬ赤い花。どれも目にするのは初めての植物ばかり。エミューナとルドヴィークは思わずキョロキョロと辺りを見回していた。少し大通りを進んだところで、モーチェスが二人の方を向き直り声を掛けた。
「私は少し用があります。ヴィーク達は…『神話』を読んで待っていてください。図書館にでもあるでしょう。そう…神の名は『アッリアール・サール・アヴェイラー』これはおぼえていてください。ここでは何かと必要です。」
「アッリアール・サール・アヴェイラー…」
エミューナは暗唱することで覚えようと努力した。
「じゃあ行こうか。」
モーチェスが立ち去ったのを確認して、ルドヴィークが歩き始める。
「図書館はどちらでしょうか…」
「神話なんてあとでいいよ。モーチェスがいない間ボクたちだけでも聞きこみをしてみよう。こんなに遠くに来たんだから。」
「そうでしょうか…」
エミューナが不安げに首を傾げると、ルドヴィークは強く頷いてエミューナの手を引っ張った。
「そうなのっ!本なんていつでも読めるよ!!」
灰色の長い髪の青年のことを尋ねて回る。
「そういえば、昔銀色の長髪の盗賊頭がいたわねぇ。ああでも、もう十年以上前のことだから、きっとあなたのお兄さんではないわよ。」
「灰色の長い髪の青年、ねぇ…。それだけじゃあねぇ…」
町の人々の反応は芳しくない。ルドヴィークは焦っていた。住宅街も少しみすぼらしくなってきたところで、一人の男が答えた。
「…。一緒に来てくれ。わかるかもしれない。」
「本当?」
「ああ、似ている男がたおれていて、今看病している。」
男の言葉に、ルドヴィークはエミューナを振り返った。
「行ってみる!」
「そうしましょうか…。」
エミューナも頷いて、男の案内に従うことにした。
モーチェスは旧友の家の前で声を張り上げていた。
「ガザーリー、ガザーリー…。いませんか?」
そこに二人のゴロツキが近寄ってくる。
「お久しぶりです、団長。」
「副長の家を訪問して、なんですか?また伝説の盗賊団『赤い狼』を再結成してくれるんですかい?」
親しげに話しかけてくる男たちを見て、モーチェスは眉をひそめた。
「あなたがたは…どうして私がここにいると?」
「俺たちの中じゃあ団長はちょっとした有名人だ。この町に来ればすぐに話は伝わりますよ。」
「…まだそんなことをしているのですか?もう『赤い狼』は解散したでしょう。それ相応の見返りも与えましたよ。」
モーチェスが大きく溜息をつくと、左側の男が首を振る。
「そうかもしれないが、団長は遠くの町で神父をやり、副長はいまや立派な学者。だが我々は報われないんでねえ。盗みぐらしが身についちゃ、抜けられやしない。団長、うまくとりはからってくださいよ。」
「私はもう団長ではない。ガザーリーだってそうだ。十年以上前の話です。」
それまで黙っていた右側の男が低く唸る。
「十年…かわりはしねえ。俺たちは。フィルドゥーシーさんも戻らねえ。」
「…。フィルドゥーシーは、やはり、まだ…」
モーチェスの顔が曇った。左側の男は好機とばかりに話を続ける。
「団長、赤い狼はまだ残ってるんですよ。団長と副長をのぞいて。でも団長がいないと大きな仕事はうまくいかないんでさ。どうか手伝ってくださいよ。」
「断ります。もう私は悪い事はしたくありません。」
「これでもですかい。」
モーチェスがきっぱり首を横に振ると、右側の男が指笛を吹いた。
「いったい何を…」
モーチェスが振り返ると、別の盗賊がルドヴィークとエミューナを連れてきた。
「いつまでつれ回すの?お兄様なんて全然いないじゃない。ああ、モーチェス。どうしたの?」
「…もう帰って、いいですか?」
「まあそういわずに、ね、もうちょっとだけ。」
何故か二人に対してすごく下手に出ている盗賊に、モーチェスの左側の男が怒鳴る。
「バカヤロウ、手鎖して来いっつっただろ。何普通に案内してるんだ。人質の意味がねえだろう!」
「いやしかし、アジトの方でこのお嬢ちゃんにさわろうとしたヤツが一撃でのされまして。この子はこの子で物騒にピストルなんぞさげてますし。」
「なさけねえ…」
「ええい、とりあえずこの二人の命が惜しければ」
右側の男がシャムシールを抜く。ルドヴィークは首を傾げた。
「何言ってるの?」
「二人とも、動かなくていいです。」
モーチェスが右手で制する。
「おれたちに協力しな、団長。神父なんてやって腑抜けても、やっぱり団長は団長だろう?」
モーチェスはそれを聞いて観念したのか、ゆっくり神父服の外套を脱いだ。白いシャツの袖を腕捲りし、ゴロツキ共を睥睨する。
「はあ。…貴様ら、だれに向かって口を聞いている?俺はもう足を洗ったと言っているだろう?他人の連れまで引っ張り出しやがって、どれだけ俺に迷惑をかける?
たしか掟では、俺の意見は絶対だったな?俺に意見するとは、よっぽどの覚悟だろうな?」
先ほどまでにないプレッシャー。それは十年の月日を感じさせぬ彼らの王、『赤い狼』団長、
「だっ…団長!!」
攻撃魔法に転用することを禁忌とされているはずの神聖魔法で場を薙ぎ払う。さすがに手の内を知っている団員たちは回避したが、周囲の建物は壊れ、木は薙ぎ倒され、井戸は潰れ、動きやすそうな空白地帯と化す。その中心で、モーチェスが吼えた。
「十年たっても変わらんその根性、俺が叩き直してやろう!」
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