旧友との再会
鎧袖一触、否、触れすらさせてもらえなかった。あっという間に盗賊達は蹴り飛ばされ、城壁や地面に叩きつけられる。追撃にモーチェスが動こうとすると、鋭い声が彼を制した。
「はい、やめ、やめ!」
逆上した彼を声だけで止められる男は一人しかいない。『赤い狼』が
「モーチェス!いつまでたっても派手好きだねえ、こんなにやらかして。」
「副長!」
「ああ、ガザーリー。」
盗賊達が情けなく助けを求める悲鳴を上げ、モーチェスからピタリと殺気が止む。モーチェスにガザーリーと呼ばれた白ターバンの男は、やれやれと首を振りながら、盗賊達を助け起こすでもなく真っ直ぐにモーチェスに近寄ってきた。
「僕に会いに来たって?またこいつらがつまんないことしたんでしょ。本気でおこるのやめなよ。まだまだ結構いいやつらなんだよ。」
「お前も、かわらんなあ。」
モーチェスが昔の口調でそう話し掛けると、ガザーリーは細い目を更に細くして微笑んだ。
「モーチェス…こんな人だったなんて…!!」
ルドヴィークがショックから少し立ち直ったのか、ようやく言葉を絞り出す。ガザーリーがルドヴィークとエミューナを見た。
「で、その二人は?子供?」
「まさか。」
モーチェスが肩をすくめる。帰ってから子供をこさえたにしては年が行き過ぎているだろう。
モーチェスに吹っ飛ばされた男たちがヨロヨロとガザーリーの傍に寄ってくる。ガザーリーは彼らをにべもなく追い返した。
「ああ、きみ達もう帰って。モーチェスに言っても、『赤い狼』は戻らないよ。次モーチェスをおこらせたら、知らないよ?また、いい仕事見つけてあげるよ。はい、じゃあみんな中へ。」
見事なまでにさっぱりとした手際の良い人あしらい。モーチェスとルドヴィーク、エミューナは言われるがままに彼の自宅に案内された。
「お久し振りです、ガザーリー。」
ガザーリー宅の応接間で、モーチェスが神父モードに戻ってガザーリーに声を掛ける。ガザーリーは可笑しそうにニヤニヤしながら頷いた。
「きみは変わったのか変わってないのか。でもね、あいつらだって変わろうと足掻いてはいるんだよ?責めないでやってね。」
「いえ…そうですか。」
モーチェスが溜息をついて黙ったので、ガザーリーはルドヴィーク達の方を向いた。
「あなたたちにも迷惑をかけてごめんなさい。あれはモーチェスの昔の部下で、」
「モーチェスはいったい何をしてたの?『赤い狼』って何?」
ルドヴィークが食い気味に質問する。モーチェスが首を振りながら答えた。
「私が悪かった昔の話です。」
「いっつもはぐらかしてばっかり…」
「ヴィークたちは何をしていたのですか?『神話』は読みましたか?」
詰問されて、ルドヴィークがうっと顎を引く。
「まだだけど…」
「話はそれからです。ガザーリー、貸していただけませんか?」
「残念だけど、僕は生活の場に書物はおいてないんだ。全部研究室にある。」
ガザーリーが肩をすくめると、モーチェスは頷いて再びルドヴィークに向き直り、教師の顔をして課題を与えた。
「そうですか。二人は図書館に行って『神話』を読んできてください。この人はガザーリーといって私の旧い仲間で今は学者です。が、話をきくには基礎知識が必要です。」
「そんなことよりもボクはっ…」
「わかりました。行きましょうよ、」
食い下がるルドヴィークを、エミューナは力づくで家の外まで引っ張り出した。
ルドヴィークはカンカンに怒っていた。
「ボクはモーチェスの話をききたかったんだっ。」
「ですが、話したくなかったようですし…」
エミューナが困ったように返事をすると、ルドヴィークはエミューナを睨んだ。
「ボクはききたいのっ!エミューナ姫はそんな風に自分から身を引くから思いどおりに使われるんだよ!」
「……。」
エミューナは黙ってルドヴィークを引っ張っていく。ルドヴィークの言う通りだとは自分でも思う。しかし、親しき仲にも礼儀あり、だ。それに、今は余計な詮索よりも先に、しなければいけないことが明確にあるのだ。こういうところは年上のわたくしがしっかりしないといけないですね、と彼女はルドヴィークの手を離さなかった。
「子供ができて話し方もかわったの?」
ガザーリーが愉快そうにモーチェスに切り出す。モーチェスは出されたコーヒーを飲みながら、ムッとした顔で返事をした。
「子供ではないし、話し方は仕事柄です。」
「あの二人は?」
「私の一族が代々家庭教師に行っていた家の子と、その友達です。まあ家庭教師といっても私は思想上の都合で解雇になりましたが。」
ふふ、とガザーリーが頷く。
「無神論者の神父じゃ詐欺だもんね。」
モーチェスも苦笑してカップをテーブルに置いた。
「おおっぴらに表明しているわけではないのですが。やはりこっちで生活した過去は睨まれるようで」
「ああ、『神』が違うもんね。でも無神論者はこっちでもクビだよ。ま、クビになってもなついてくれる生徒ならいいじゃない。」
笑顔でそう断言するガザーリー。彼自身は敬虔なアッリアール信者だが、研究内容が内容だけに、異教徒やモーチェスに対しても他のセルジューク市民に比べて寛容だ。やはり知識は人を深め、豊かにする。盗賊団の副長などを続けていい男ではなかった。
「あなたは?」
「毎日毎日、本の山に埋まる生活。犬も食わないよ。」
ガザーリーの返答を聞き、モーチェスは満足そうに頷く。
「それが天職でしょう。…やはりフィルドゥーシーは…」
気がかりを口にすると、ガザーリーの表情も暗くなった。
「帰ってこない。部屋もそのままだよ。」
「そのままですか…掃除くらいしてあげたらどうです?」
「あそこに入ると変な虫がいるからいやなんだよね。任せた。」
「私もいやですよ…」
ルドヴィークもさすがに観念したのか、途中からエミューナに引きずられずとも自分で図書館を探すようになった。
「図書館はここか。」
「なんだかわたくしたちの国とは雰囲気が違いますね。」
図書館の外壁は土煉瓦で出来ていたが、内側には布の幕が張られていた。砂埃から本を守るためだろうか。入口で門番がエミューナ達に尋問する。
「そなたの信ずる神の名は?」
「えっと…
①アッリアール・サール・アヴェイラー
②アッシリール・スーラ・アヴェイラー
③アッサール・アーラ・アヴィスター
④アーネスト・ホースト」
「④はおかしいよっ!」
エミューナの選択肢をルドヴィークがかき消す。
「どうした?」
門番がジロリと二人を見る。ルドヴィークが慌てて解答した。
「じゃなくて、アッリアール・サール・アヴェイラー。」
門番が鷹揚に頷き、二人を通す。
「神に跪く者に恵みあれ。」
本棚を見てルドヴィークがげえっと声を上げる。
「うわあ、宗教の本ばっかり。」
「えーと神話は…これでしょうか…何冊かありますが…」
エミューナがぱっと指さした本棚は、どれもカラフルな背表紙で目を引いた。ルドヴィークがどれどれ、と覗き込む。
「とりあえず、右から二冊めのは作者がうすた京介だからやめといた方がいいね。」
「じゃあこれですか…」
「電撃文庫なとこがステキだね。」
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