食い違う神話
かつて、世界はひとつだった。我が民族はアッリアールの神の声をきき、世界を平和に治めた。だが、人々の心の中にアッリアールの神をおろそかにする者も出てきた。ある日アッリアールは言った。「我が名を唱えぬ者に明日はない。我が名を唱えぬ者に朝は来ない」
アッリアールの声は聞こえなくなり、その日、異国の民と「穢れし血の民」が我が民族をおそった。アッリアールを信じぬ者はその夜のうちに、「穢れし血の民」に殺された。我が民族はアッリアールの名を常に口にし戦った。そして、自らの血を守りぬいた。すべてはアッリアールのもとに戦ったためである。アッリアールは再び声をとりもどした。
ふーん、とルドヴィークが小声で頷く。さすがに図書館で、しかも異教の話を声高にするわけにはいかない。
「まったく違うね。これを読んでわかることってなんだろう?」
「ただ…わたくし達の神話にもこの『戦い』に近い話があった気がします。立場も何も全く逆ですが。」
エミューナは北の神話を思い出す。ワーネイアとウイニアがネヒティアから独立する前、神聖ネヒティア国が成立する際の話だ。
はるか昔…
世界の運命を左右する大きな戦争があった。
戦ったのは、三つの種族…即ち、巨人、武、長である。
「武」は長い間、巨人の奴隷として犬並みの扱いを受けてきた。
ある時、「武」は突然蜂起した。戦はその子や孫の世代にも渡って続き、様々な色の血で海は黒く染まった。
しかしついに「武」は「長」を仲間に引き入れ、「武」族最後の勇者ユイフの指揮の下、悪しき巨人たちを一掃する。
こうして六百十年にわたる長い長い戦争は終結。「武」族は唯一の人間族として栄え、「長」族は姿を消した。
そしてユイフは初代ネヒティア国王を宣言。
ここに、人間たちの世界が誕生したのである…。
ルドヴィーク達が図書館で神話を読んでいる頃、モーチェスはガザーリーと話を続けていた。
「『赤い狼』のメンバーはまだ盗賊を続けているのですか?」
「モーチェスや僕がいたころの華やかさはないけどね。」
ガザーリーが苦笑し、モーチェスは肩を落とした。
「そうですか。私は悪いことをしたのかもしれませんね。」
「世の中、そういうものだよ。僕だって、時々仕事を紹介したりもしているんだけどね。」
ガザーリーが立ち上がり、台所にコーヒーカップを片付けに行く。モーチェスはルドヴィークとエミューナの分のカップを持って続いた。へえ、とガザーリーは内心驚く。あの傍若無人なモーチェスがそんな細やかな気配りを覚えたのか。変わったのは人当たりや言葉遣いだけではないようだ。
「でもモーチェスはさ、ここに来たのは、やっぱり…」
「まあ…そうかもしれませんね。」
モーチェスがフィルドゥーシーの部屋の入口を見遣った。ガザーリーは少し俯いて微笑む。
「そう、そうでないとね…」
「中途半端なままだと言いたいのでしょう?」
ガザーリーは真顔に戻ってモーチェスに向き直った。やれやれだ、この男、自分を大切にしない癖は治っていないらしい。
「そうかもしれないけど、モーチェスがどう思うか、だよ。子供には何にも言ってないの?」
「あえて言うことでもないと思いましてね。」
逃げているのだな、とガザーリーは理解した。
「怖いのかもね。」
「そうともいいます。それに、下手なウソをつくことが、あの子にとっての一番の裏切りですから。」
それだけ、大切なものができたということか。
ガザーリーはそれ以上何も言わず、静かに微笑んだ。
「ただいま。」
ルドヴィークがガザーリー家の扉を開けて声を張り上げる。
「見てきました。」
エミューナもそれに続く。モーチェスが出迎えて、改めて二人をガザーリーに紹介する。
「ガザーリー、こちらがルドヴィーク、こちらがエミューナさんです。では、話をききましょうか。」
「では、話をきこうか?」
クリウスはウイニア国王の執務室で王の椅子に座り直した。その日そこを訪れたのは、友のように思っていた異国の男だ。
「暇をいただきたい。」
ソウは単刀直入にそう切り出した。
「どうしたんだい?」
「探しているものが、遠くにある。あなたの力で見られるところはすべて見た。恩義は感じているが…拙者には時間がない。」
クリウスはじっとソウの顔を見た。確か、死んだ父親の志を継いだのではなかったか。それを時間がないとは、どういうことだ?あのふざけた話を全て真に受けたわけではないが、この男は結局最後まで、自分に本心を語ってはくれないのか。
「…。いいだろう、行けばいい。エクスキャリバーだったかな?」
「ああ。」
ソウがすんなりと頷いた。ますます分からない。今まで世話を焼いた分として、ダメ元で尋ねてみるか。
「ひとつだけ教えてくれ。おまえの真意は、どこにある?」
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