旅立つ少女たち
「はあ……」
アンゼはゆっくりと溜息をついて、弱音を追い出した。
「リナレス…そこにいるわね?いらっしゃい。話があります。」
「…。何っ何ですかっ…」
破壊された扉の陰からリナレスが姿を現す。アンゼは戦闘中、背後で何度かマナの集まりを確認していた。おおかた、リナレスがフィーアールに加勢するか迷ったのだろう。
「あなたが見たことは誰にも話してはいけません。そして…ここに神官長の委任状があります。あなたには、私の手足となるくらい働いてもらう予定でした。何も言わず、これから私の言う通りにするなら、それを手にしなさい。もし断るのなら、全てを捨てなさい。」
「そんな、非道い…」
エミューナはアンゼの言い方に驚いた。実質神官長となれと強制しているようなものではないか。アンゼはその声には取り合わず、話を続ける。
「断るなら、全てを捨てて、その男と共に、国から出て行ってください。
……手をさしのべられるのは、あなたくらいしかいないのよ。もう私達にはフィーアールを助ける余裕はない…」
リナレスとエミューナが息を呑んだ。アンゼの真意は、そちらだったか。リナレスはアンゼの前まで歩き、深々と一礼した。
「…。今までありがとうございました。フィーアール様を手当てさせてください。そしてすぐに…ここを去ります。」
「リナレス……」
エミューナが何ごとかを言おうと声を掛ける。リナレスは振り向かなかった。
「…。」
そっと治癒魔法をフィーアールに施し、光の精霊を召喚してフィーアールを抱えさせる。そして、リナレスはそのまま誰とも目を合わすことなく、執務室を後にした。
「…。大切な人材を一人失った…。リナレスの穴をどうやってうめようか…」
アンゼはぽつりとそう呟く。心を仕事のことで埋め尽くす。立ち止まると、独りでは再び歩き出せない気がしていた。
エミューナが後ろで唇を噛んでいることには、さすがの彼女も気が付かなかった。
ルドヴィークが翌朝、自室でモーチェスに昨夜の顛末を話す。
「というわけで何もわからなかったんだ。」
「そうですか。」
「でも…、ボクは思うんだけど、これには神が関わってるんじゃないかって。」
「神?」
モーチェスの顔が険しくなる。
「だって、神はお告げでお兄様を殺せって言ったんでしょう。しかも人間じゃない者がつれさったんだ。きっと神はお兄様がきらいだったんだ。」
「神、ですか。」
「神はどこにいるの?話をつけるんだ!!」
「まずそんなものが実際にあるのでしょうかねえ…」
モーチェスは露骨に嫌そうに溜息をついた。
「モーチェスは神父でしょ!」
「しかし私も民を助けるために教えは説きますが…その際に言う神とは少し意味合いが違うのですよ。確か学校では『北の最果て』とききましたが…」
北の最果て。ワーネイアより北には野蛮な小国家しかない。更にその北、凍てつく北極海を渡った果て。想像を絶するくらい遠く、つらく、寒そうだ。
「んー…、でもここにいてもしょうがないよ。何かいいところは…」
何でそんなところに神様が住んでるんだよ、もっとメティエ山とか近くのそれっぽい所に住んでてくれよ、と思いながらルドヴィークはベッドの上で足をパタパタさせた。モーチェスは彼女の気持ちが手に取るように分かったので、少し笑いながら思案する。
「正攻法でどうしようもなければ、裏道を通りますかねえ。それに…やっておきたいこともあるし。」
何か良いアイデアがあるのか。ルドヴィークは身を乗り出した。
「どこに行くの?」
「神無き地、セルジューク。もとより我々と違う宗教を信仰しています。そこに博識な人もいますし。」
「そこに行くよ。遠い?」
「すごく。」
「…。でも行く!」
北の最果てと違い、一度はモーチェスも訪れたことのありそうな口振りだ。それならまあ、悪い旅路ではないだろう。
「ではアンゼさんたちに聞いてみますか。一応、ヴィークは囚われの身ですし。」
モーチェスはそう言って肩をすくめる。ルドヴィークをこれ以上ゴロゴロさせていると、怠惰な猫になってしまいそうだった。
執務室でモーチェスから説明を受けたアンゼはふむ、と頷いた。
「そう…、いいでしょう。まさか神がそんなことをするわけがないとは思うけど。あなたの国の神官長とこちらの国の神官長が手を組んであなたのお兄様を殺そうとしていたのじゃないの?」
「でもつれさられたんだよ!人間じゃないものに!」
「それなのよ。逆に私はその異なる宗教の者がこちらに混乱をもたらそうとしてるかもしれないとも思うのよ。」
「まさかそれはないでしょう。」
「でも神が違うというのは…、こちら側の国がかつて異教徒狩りの延長で何度も攻め込んだこともあるわけだし。」
「そういう過去もありますが…」
モーチェスが食い下がる。アンゼは彼の背景を深く追及するつもりは無かったので、少し首を傾げて議論を終わりにした。
「ま、調べて来て。黒い髪の男についても分かるかもしれないし。」
「わかった。」
ルドヴィークが頷く。そこにエミューナが入ってくる。執務室の扉はまだ破壊されたままなので、会話が外まで筒抜けだった。
「わたくしも、行かせてください。」
「何を言ってるの?」
アンゼが驚いて目を見開く。エミューナは臆さず歩み寄った。
「わたくしも行きたいです。ここにいても、わたくしには役目がない。わたくしには何もまかせてもらえません。」
「みんな、エミューナ様がいてくれればいい、手をわずらわせないようにしようとがんばってるのよ?」
「そんなの、いやです。わたくしだって何か役に立ちたい。それに、お父様を殺した人を…見つけ出したい。だからいっしょに行かせてください。お願いです。」
「でも、…私がいっしょに行けるならともかく、国をあけられないし…」
「アンゼ様がいなくても大丈夫です。わたくしだって…子供ではない。一人で決めることがあってもいいではないですか。」
エミューナにそう言われて、アンゼはハッとした。この子は間違いなく成長している。もう、自分で考えなさいと言う必要もない。そして、自分で考えて、私よりも、ルドヴィークを選んだのだ。
「…。行きなさい。ルドヴィーク様、モーチェスさん、たのみました。かまいませんか?」
「いいよ、エミューナ姫なら。」
「ヴィークがそういうのなら。」
三人は執務室を後にした。警備の兵にルドヴィーク達が出掛けることを伝えながら、アンゼは溜息をつく。
「エミューナ様…、お父様の一件以来私のこと信じてないわね…」
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