無銭飲食の現行犯

アンゼはウイニアの王都を散策し、情報収集に精を出していた。クリウスの評判や、隣国での革命党の扱いなどを聞いておきたかったのだ。

話を聞いていくと、クリウスよりも第二王子ロムルスの方が王の覚えが良く、クリウスは干されているとまではいかないが、あまり仲が良くないということが分かった。一方、クリウスが革命党に加担していることは有名らしく、このままでは弟に王位を獲られてしまうクリウスの一発逆転の策なのだろうと推測する者も多かった。

アンゼは食事処を見渡した。話が出来そうな相手にはだいたい声を掛けたか?いや、カウンターに見慣れぬ装束の男が座っている。長い黒髪をポニーテールにして、同じくらい長い刀を腰に佩いている。東洋の、サムライという類の輩だろう。皿を積み上げ、今食事を終えたばかりといった様子だ。食後の人間は幸福感で満たされ、口が軽くなることが多い。アンゼはほんの少し口角を上げながらその男の隣に座り、声を掛けた。


「革命党…、クリウス…」

軽い世間話の後本題を振られたサムライは、腕組みをして唸りだした。

「何か知ってることでもある?」

「無いといえばウソになる。」

「ふうん。教えてくれない?」

「そうか。…しかし、ここで話せることではないな。」

サムライは勿体ぶるかのように重々しく答える。こういう手合いにいちいち構っている暇はない。アンゼは立ち上がった。

「じゃあいいわ。」

「いや…、まあそう言わずに、ね?」

サムライは慌てて腰を浮かせ、態度を一変させた。

「……。」

「ここで話してもよいから。うん、そうだ、拙者はちょっとトイレに行ってくるからちょっと待ってて…」

「いや、もういいから。」

「…まあまあ、な、ちょっと待って…」

片手でアンゼを椅子に押さえつけつつ、自分は反対の手で背負い袋を手に取る。

「荷物持って何処いくのよ?」

アンゼが指摘すると、サムライは観念したように腰を落とした。

「……。正直に申そう。拙者、クリウスのことはおおいに知っているのだが、いかんせん今金がない。たらふく食ってしまったのにここを出られぬのだ。まあ大切なのは己の身と言おうか…、クリウスどうこうよりも…」

アンゼは溜息をついた。

「…。たかろうとしたわけね。」

「助けてはくれぬか?」

「武士の風上にもおけないわね…」

「すまぬ。だが、そなたにお教えできることは多い。」

「本当かしら?」

アンゼは片眉を上げてサムライを観察する。サムライは真剣な顔で頷いた。

「現に拙者はそなたがワーネイアの姫だということを知っているぞ。クリウスに聞いた。それほどの者だ。」

「…。」

「クリウスの好きなアニメだって知っている。」

「なんじゃそりゃ!」

そんな情報は心底どうでもいいが、それほど彼はクリウスと親しいということなのだろう。サムライは真剣な表情のまま話を続ける。

「そなたに教えたいことがある。…だから、ここは、頼みたい。」

アンゼは再び溜息をつき、仕方あるまいと財布を取り出した。教えたいこと、の内容次第では、後でクリウスに請求してもいいかもしれない。

「わかった。あなた、名前は?」

「ソウ。ソウ・タツナミと申す。」

「知ってるでしょうけど、私の名はアンゼ・ブルイエ・ワルグスタよ。いらっしゃい。」

「ありがたい。この恩はけっして忘れない。」

「いえいえ。おじさーん、この人無銭飲食でーす。」

「何ィッ!?」


ソウの飲食代を支払って店の外に出てきた二人は、路地裏で話を続けた。

「軽いジョークじゃない。」

「…あー、まじびびったよ、俺、どうしようかと思った。」

拙者キャラが崩れとるがな。アンゼは呆れたが、そんなことは今は関係ない。

「ねえ?」

「いや、大変感謝している。拙者ももっといつもは余裕があるのだが…」

「分かったわよ。それより、あなたの教えたいことって何?」

アンゼはソウのいつもなどに興味はない。本題に戻さないと、この人はいつまでものらりくらりと喋っているのだろう。

「拙者はクリウスに仕えている者だ。本当はそんなことをしたくはないのだが…恩義があるので仕方がない。」

「つくづく人に世話をかけてるのね。」

「何せ西国は難しいことが多いのでな。…クリウスのことだが、アンゼ殿、そしてエミューナ殿、そなたらはクリウスに利用されている。クリウスが王と仲が悪いのは知っているな?」

「ええ。聞いたわ。」

「その原因は、クリウスが神宮と折り合いが悪いことにある。信心深い王は、神官の、第一王子であるクリウスをさしおいて第二王子ロムルスを王位継承者にしようという案をうけいれた。そのことがクリウスと王の仲を本格的にこじらせてしまった。」

「また神官か…」

アンゼは本日何度目か分からない溜息をついた。過去には正しく王家と手を取り合っていた時代もあったのだろうが、今の教会は明確に、三国を混乱に陥れようとしている。ソウは、細い目を更に細くしてアンゼの表情を伺った。

「クリウスはそなたらがワーネイアの神官に良い感情を持っていないことを知っていた。そなたらを利用し、革命党にテコ入れしてワーネイアをおとそうとしている。神官の勢力を排除し、ウイニアの王位を継ぐのに有利になるからだ。」

「でもそれなら私達に神官とうまくいってないと言う方が話は早いでしょうに。」

「クリウスはプライドが高い。王位のことも隠しておきたいのだろう。だが、神官が悪いというのは教えられたのではないか。」

「ええ。」

アンゼが頷くと、ソウはアンゼの方に向き直り、顔を近付け声を落とした。

「クリウスはきれいごとを並べているが、これから起こる戦いを利用しようとしているだけだ。革命党も、そなたらも、自分のために使っているにすぎん。信用しすぎぬほうが良いぞ。」

「ありがとう。役に立ったわ。…それに役者なら私の方が一枚上よ、きっと。クリウスの道具になんぞなりはしない。」

アンゼはそう言って、ひらりとソウから離れる。ソウはアンゼを追い掛けず、ゆっくりと頷いた。

「…拙者が言いたかったのはこれだけだ。何、すぐにまたアンゼ殿には会うことになる。」

アンゼが首を傾げると、ソウはニヤリと笑って踵を返した。

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