いざ、戦場へ
エミューナとフィーアールは港町オイディニアに着いた。ワーネイアの南東、ダタル内海に面している、ワーネイアの台所だ。ダタル内海に突き出したネアプロシュ半島の国ネヒティアに直接向かうならば、陸路を取らずともこの港町からダタル内海の真ん中を直進すればよい。
「活気のある町ですね。すぐに離れなければいけないのが残念です。」
「まだ船には乗らなくてもいいだろう。ちょっと見て回るかな。」
フィーアールは恋人の手を取り微笑んだ。
エミューナはフィーアールと並んで歩きながら町並みや、行き交う人々の様子を見ていた。昼間から酔っ払いが高らかに歌う声が聞こえる。
「平和ですね。でも、戦争が起こるんですよね。」
フィーアールは嬉しそうに歩いていたが、彼女の言葉を聞くと何気なく顔を背けて眉を顰めた。
「これ…」
エミューナが露店で立ち止まる。ルルグ鉱山で見た、美しいすみれ色の宝石で作られたアクセサリの数々が並べられていた。
「ああ、ルルグ鉱山の宝石か。最近では珍しいな。」
(エマさん達、元気かしら)
エミューナは祖国に思いを馳せた。まだ数日しか経っていないが、彼女や町の人々はその後、落ち着いて旦那さんや亡くなった方たちを弔えただろうか。
「欲しいのか?だったら俺が…」
「いえ。ワーネイアは、どうなっていますか?その、わたくしたちがいなくなってから…」
「…まだ何も、変わっていない。」
それはそうかもしれない。たった数日程では、ルルグの件で父に送った訴状だって、何の効力も発揮し始めないだろう。
クリウスの案内した酒場で酔った夜、勢いで書き上げた父への訴状。姉には咄嗟に隠したが、朝酔いが醒めて内容を確認し、熱はあるが粗相はないと判断してから、クリウスに頼んで革命党ルートで父まで送ってもらった。
恐らく、あの手紙は最終的にフィーアールに託された筈だ。しかし、フィーアールの口からその話が出ることはここまで一度も無かった。
「そうですか。」
…この人は、国に変わって欲しいのではなく、自分が国を変えたいのかもしれない。
そうであれば、国王の娘でありフィーアールの恋人でありアンゼの妹である自分にできること、とは。
やりたいこと、は。
「ちょっと休むか?」
エミューナが珍しく難しい顔をしているのに気付いたフィーアールが、彼女を心配して休息を提案する。
「はい。」
今は、少しでも恋人との時間を楽しんでおこう、と彼女は思考を保留した。
「フィーアール、ありがとうございます。楽しかったです。」
カフェでケーキと紅茶をいただいたエミューナは、なるべく自然に見えるように笑顔を作ってみた。
「どうした、急に。」
フィーアールが怪訝そうに見てくる。やはり、腹芸などは自分にはまだ早いらしい。エミューナは居直って、直接言葉にすることにした。
「いえ…。ところで、フィーアールはアンゼ様がおきらいですか?」
「いいや。好きではないが。」
「フィーアール、あなたは…、あなたが生まれたところは…」
「誰に聞いた?アンゼ様か?」
フィーアールが顔をしかめる。
「気にしているのですね。
わたくしの母は平民でした。アンゼ様には高貴な血しか流れていない。だからですか?」
「何の話だ?」
「アンゼ様と婚約し、しかしわたくしと…。そして王家に仕えながら、それを憎む…」
昔から仲が良すぎた故の、ただの過ちだと思っていた。けれど彼が革命を志す者だったならば、手近な女性という以外の意味が、自分にも発生する。
「…。」
フィーアールは、エミューナの話の行き着く先が分からないので、慎重に黙っていた。
「わたくしは、平民の血が流れているから、外に出される者です。」
「それは違う。王は…」
「いいのです。それで、アンゼ様と違ってわかることもあるのですから。あなたが革命をしようというのは民のためでしょうけれど、…自分のためでもあるのでしょう?」
「……。」
「どんなに高い地位にいても、どんなに大切にされても、見えない壁、自分には足りないものが感じ取れるのではないでしょうか。」
「違う…」
フィーアールがエミューナの頬に手を延ばす。彼に触れられると誤魔化されてしまう気がして、エミューナはその手を両手で包み込んだ。
「…。わたくしは、あなたといると幸せです。たとえアンゼ様の婚約者でも。ですが、それは間違ったことです。」
「俺だって…」
俺だって、の後の言葉が続かない。幸せです、なのか、間違いだなんて分かっている、なのか。
自分に対して嘘をつくのが嫌で黙ってしまったのだとしたら、彼は自分といても今は幸せなだけではいられないし、自分と恋人であることを、いずれ間違いではなくすつもりなのだろう。
彼が目指す革命とは、畢竟、自身が玉座に就くための手段なのだ。海軍大将や、女王の夫では、彼のコンプレックスは無くならない。
「わからないんです。どうすればいいか。今何かを変えなければいけないとは思います。あなたとのことだって…。フィーアールは…どう思っているのですか?」
「……。」
「わたくしは、自分では何も考えていません。この決定だって、クリウス様のいうとおりにしただけです。」
「…これから、考えるといい。」
「船は…」
「そろそろだな。」
二人は船着き場に移動した。フィーアールの率いるオイディニア軍の軍艦が彼女を迎える。
「エミューナ姫様ですね。こちらでございます。」
「フィーアール、ありがとうございました。」
「お元気で。」
エミューナは甲板に出て、穏やかな内海を見渡す。時間はまだまだあるようでいて、実はもうすぐそこまで戦争が、刻限が迫ってきている。
ワーネイアのため、自分のため、愛する人々のため。
「考えないと、いけない…」
しかし、まだ見ていないものがある。最後の条件を知るために、彼女は
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