風のような女性
エミューナはまず、ウイニアの第一王子クリウスに声を掛けた。
「クリウス様…」
「ん、どうしたの?」
相変わらず、彼が自分に向ける笑顔は完全に子供に対するそれだ。しかし、クリウスとフィーアールのお互いに対する態度の違いを見ていてはっきりと分かった。クリウスは、誰のことも駒としてしか見ていない。まるで戦略ゲームでもプレイしているかのように、「お前とは違う」という自意識が感じ取れるくらいの余裕の態度で人に接している。王子として上に立つ者らしさが出るとでも思っているのだろうか。
もっとも、アンゼに対しては同じように余裕を持って接しようとしているが、成功していない。そしてアンゼは、他人にそんな慇懃無礼な態度は取らなかった。…取ってない、ですよね?わたくしの贔屓目かもしれませんが…。
「えっと…、わたくしはどうすればいいのでしょうって…」
これだ。結局自分はまだ、頼る側なのだ。クリウスが内心見下すのも無理はない。むしろ、馬鹿にせず親切にしてくれるのだから、根は間違いなく善い人なのだろう。
「そうだなあ…、戦いたい?」
「それは…、できないです。ごめんなさい、まだワーネイアに逆らって戦う決心が、ついていないんです。」
「そう、無理もないか。じゃあ…、待っていればいい。ネヒティアで。結婚する前に、僕達が進軍する。そのときまで、考えればいいんじゃない?」
「…。」
時間を貰えるなら、それは有難い。問題は、そのまま結婚させられて、何か選ぶ機会を永久に奪われないかということだが…。
エミューナは次に、海軍大将フィーアール・ラディウスに声を掛けた。
「あの、フィーアール…ちょっと…」
「はい。…何だ?」
エミューナは応接間からも控室からも抜け出して、廊下のバルコニーに彼を連れ出した。上弦の月が異国の大地に沈もうとしている。その光がささやかに青く二人を照らす。
「フィーアール…、わたくしがネヒティアに渡ったら、迎えにきてくれますか?わたくしが結婚させられそうになったら助けに来てくれますか?」
「当然だな。うん。恋人を守らないやつは、騎士じゃない。きっと迎えにいく。結婚なんて、止めてやる。」
「本当ですか…?待っていて、いいんですよね?」
「いいんですか〜?婚約者が妹さんにあんなこと言ってますよ〜?」
「ぬすみ聞きなんてたちの悪い…」
バルコニーに出る扉の陰に、クリウスとアンゼが隠れていた。
「恋愛小説並におもしろい関係ですね。」
クリウスがニヤつきを隠そうともせずアンゼを見る。アンゼは腕組みをして鼻を鳴らした。
「ありがちな話よ。第一あんな男と私が婚約させられてると思うと鳥肌がたちます。」
「あ〜しかし歯が浮く…」
「歯槽膿漏じゃないですか?」
翌朝、クリウスはアンゼ達を集めて方針を問うた。
「どうするか、決まりましたか?」
アンゼは頷き、クリウスに笑顔を見せた。政治的な笑顔だ。
「私は、あなたたちに協力します。私も、ワーネイアをかえたい。」
エミューナは少し緊張した面持ちでフィーアールを見た。
「わたくしは、ネヒティアに行きます。まずは、お父様に従います。でも、…結婚はしません。むかえに来てください。それまで、考えます。」
「結婚する前に、ネヒティアを陥落させればいいのね。」
アンゼは自信有りげな笑顔をエミューナに向けた。
「わかりました。」
クリウスはアンゼに頷いた。
「まかせてください。」
フィーアールはエミューナに優しく微笑んだ。
「それじゃフィーアール、すぐに準備して、エミューナ様をおくっていってあげて。何かあったらただじゃおかないわよ。」
「はい。」
「では、フィーアール、今日じゅうに戻ってくるように。君がきたら、作戦会議だ。ソウもやって来るだろう。」
フィーアールは頷き、颯爽と部屋を後にした。立ち居振る舞いだけは立派な男なのよね、とアンゼは目で追いかけて、無理矢理エミューナの方を向いた。
「エミューナ様も準備して。バナナはおやつに入らないわよ。」
「???」
なんのこっちゃ?クリウスは頭に?マークを並べる。
「はいっ。」
エミューナは元気よく返事した。
フィーアールとエミューナが乗った馬車が宮殿を後にする。それをアンゼとクリウスはバルコニーから眺めて見送った。
「いいんですか?二人で行かせて?あの二人の間に何かおこらないとも…」
「なーんにも起こりゃしませんよ。エミューナ様はともかく、フィーアールはびびりですから。」
アンゼがふわりと柔らかく笑う。馬鹿にしたのではない、フィーアールに対するある種の信頼ともとれる確信の笑みに、クリウスは微かに疎外感を覚えた。
「うーん…、では、フィーアールがもどるまで…」
少しお時間でも、と切り出そうとすると、
「出かけます。夕方までには戻りますので。」
アンゼが先制してそう宣言する。
「そんな…、勝手なんだから…。」
クリウスは鼻白んだ。
アンゼは勿論、クリウスが何を言いたいか弁えていた。だが彼の好意は彼の損益とまだ地続きで、受け取るには危険過ぎる。
特に残念だとも思わない。王家の人間は皆、そうして己を律するものなのだ。遊びの恋愛ならばむしろ、エミューナのように必ず叶わないと理解して行うのが理想であるとも思っていた。
「そうそう、エミューナ様の結婚ってどれくらい先ですか?」
「うん、そのことはごちゃごちゃしていてよくわからないんです。相手が変わったり。ただ、すぐにというわけではないでしょう。」
「ふ〜ん、それでは。」
アンゼはバルコニーから風魔法でピュウと居なくなった。
「もうっ、だから待って…」
クリウスは声を上げたが、最早届かない。本当に掴みどころのない、風のような女性だ。クリウスは苦笑して、延ばした手を引っ込めた。掴みどころのないと言えば、もう一人。
「それにしても…、どうしてソウはまだ来ないんだ?」
腹を割って話せる友人のことが、気がかりだった。
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