聖堂に集う者達
「さあ、エミューナ様こちらへ。王様がお部屋を用意されています。」
ネヒティアの城下町に到着したエミューナを迎えた年配の女性従者が、そのままネヒティア城内に彼女を通した。
「ここがネヒティアですか…。」
「国王様やルドヴィーク様とは明日お話をすることになっています。それまでごゆっくりお休みになってください。」
そういう予定まで知っている辺り、この従者は侍女長か執務補佐の者なのだろう。とりあえず彼女の言うことを聞いておけば間違いないというわけだ。
「はい、お城の外を見て回ってはいけませんか?」
「当たり前です!一国の姫様が何を言うのですか。」
「すみません。(…忘れていました。家を出てからはそこまで意識しなかったから。)お城の中だけでしたら…」
「…しょうがありませんね。あまり遠くへは行ってはいけませんよ。」
「ありがとうございます。」
しずしずと侍女長に従い自室に入るエミューナを、物陰からルドヴィーク皇子が見ていた。
「あれがエミューナ姫か。…ボクより少しかわいいかもしれないな。お兄様をとられなくて良かった。でも、お兄様は…」
エミューナは自室で寝椅子に座り、衣服を整えながら独り溜息をついた。
「とうとう来てしまいました。わたくしは、どうすれば良いのでしょうか…。フィーアール、あなたのことも…」
エミューナはふらりと部屋の外に出た。帯剣は迷った末に辞めておいた。ワーネイアの姫の評判を無闇に落とすわけにはいかない。今はまだ戦時下ではないからだ。しかし、実はまもなく戦争になる。そのため脱出経路などは今のうちに確認しておくべきで、戦闘訓練を受けている彼女は物思いに耽りながらもそれを怠ることはなかった。
中庭に美しい漆黒の聖堂が建っていた。エミューナはしばし足を止めてその洗練された設計に心打たれていたが、
「神に祈れば、何かわかるでしょうか…」
と扉を押し開けた。
ルドヴィークは暫く廊下を行ったり来たりして、意を決してエミューナ姫の部屋の扉を開けた。
「エミューナ姫、話をしたい。って、いないじゃない。どこに行ったんだ、もう…。エミューナ姫っ」
どんどん扉を開けていく。隣の部屋、トイレ、窓、クローゼット。冷蔵庫の扉を開くと、謎のおっさんが出てきた。
「やあ!やっぱ冷蔵庫の中は寒いな、ブリーフ一丁だと。あ、エミューナ様なら思いつめた顔して出ていったぞ」
(誰だ!?)
ルドヴィークは硬直した。この男は何故エミューナ姫の部屋にいて、何故こんな破廉恥な格好をしているんだ。
「おっと、そんな舐めるように見ないでおくれよ。あ、やっぱ分かる?これ『サトルのブリーフ』なんだけど…」
「…。(見なかったことにしよう。)」
ルドヴィークは冷蔵庫を閉めた。
「にしても、どうして冷蔵庫の中にブリーフ一丁のおっさんが?そもそも、どうしてここに冷蔵庫が?」
ルドヴィークは逃げ帰るように部屋から出ていく。おっさんは冷蔵庫を自分で開けて皇子を笑った。
「姫様さがして冷蔵庫開くのもけっこう疑問だけどね〜♪」
エミューナは聖堂の長椅子に座り、神に祈りを捧げていた。彼女の前には白い十字塔のモニュメント。極北の氷の大地とそこに聳える神々の住まいを表している。
「神様、わたくしはどうすれば…」
「お悩みのようですね。」
エミューナの祈りを聞き届けた者がいた。
「誰ですか?!」
エミューナが顔を上げて声のした方を向く。銀色の長髪に黒衣の神官服を着た男が優しげな微笑みを彼女に向けている。
「いえ、只の神父ですよ。」
「神父様?神官ではなくて?」
「はい。私は『神の民』ではありませんから。」
「そうですか…。」
そういえば神の民の特徴である黒髪黒目ではなく、銀髪に薄い水色の目だ。神官服を着られるのは神の民だけだと思っていた。
ネヒティアは信仰の篤い国で、どんな小さな村にも教会があるという。神の民だけでは足りず、一般市民からも聖職者を受け入れているのだろう。
神父はエミューナと十字塔の間に立った。
「神は、答えてはくれません。神がくれるべきは安らぎだけです。それに…、神に人の生き方を左右する権利はない。」
ゆっくりと諭すような口調で、神父がエミューナの行為を否定する。エミューナは驚いて神父の顔を見つめた。
「どうしてそんなことを言うのです?神父様なのでしょう?神は神官を通じてお言葉をくれるじゃないですか?神はわたくし達を導いてくれるのではないのですか?」
「今のこの世界を見てもそう思いますか?見せかけの平和を見ても。」
「これは神官が正しくないからでしょう?神のお言葉をきちんと伝えないから…」
「そうですね。でもここだけではありません、神は、神を信じる所はみな何かにしばられている…」
「…。ではなぜあなたは…」
エミューナが神父の仕儀を問おうとすると、入口の扉がバンと開けられ、少女のような声が聖堂内に響いた。
「見つけた、エミューナ姫。それに、モーチェスじゃない。エミューナ姫に話がある。」
「あなたは…?」
「ボクは、ネヒティアの第二皇子ルドヴィーク。ルドヴィーク・オラニエ・ネイティウスだ。キミの婚約者ということになっている。」
赤髪の皇子は息を切らしながら、険しい表情でエミューナに自己紹介した。
「あなたが…。お話とは何ですか?」
「冷蔵庫は決して開けちゃいけない…じゃなくて…」
「まあまあ、ヴィーク、落ち着きなさい。」
モーチェスと呼ばれた神父は、穏やかな声で皇子を制した。皇子に対して愛称で名を呼ぶこの神父は一体何者なのだろう、とエミューナは改めてモーチェスの顔を見る。線の細い、クリウスとは違うタイプの端正な顔つきをしている。今は笑顔だが、真顔で睨まれるときっと威圧されるだろうなと思えるほどだ。
一方ルドヴィークは、赤い髪を短く切り揃え、アンゼよりも明るい緑色の大きな目をした、どちらかといえば可愛らしい顔の子だ。確かひとつ歳下なのだったか、エミューナより小柄で華奢な体をしており、腰に魔導短銃を提げている。
エミューナは大剣と魔導短銃の対戦を脳内で軽くシミュレーションした。この可愛らしい子とは、戦争になれば戦うことになるかもしれない。心を許すにはまだ早かった。
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