ルドヴィークの事情

「ボクはキミと結婚なんかしない!」

ルドヴィークはエミューナに指を突きつけて宣言した。エミューナは内心驚いたが、そもそも結婚したくてネヒティアに来たわけでは全くないのでリアクションに困ってとりあえず頷いた。

「はい…、そうですか…」

「ボクが好きなのは兄様だけだ!だからキミにお兄様はあげない!お兄様がたとえ帰って来たとしても。」

「…あなたは、あの…」

「…。ボクは男じゃない。男ということになってるけど、ホントは女なんだ。国民に、ウソをついてる…、気付いたときには、そうなってた。」

「うそ…、そんなっ…」

そんな欺瞞がまかり通るのだろうか。結婚したくなくて出鱈目を言っているのか?

「ウソじゃない!ボクはウソツキはきらいだ!とにかく、だからキミとは結婚できない。それと…、本当にききたかったのは…、お兄様を知らないか?」

「お兄様?」

「この国の第一皇子チェザーレ様です。半年ほど前から行方がわからないのです。」

モーチェスが事情を説明してくれる。

「ワーネイアにはいなかった?まさか、キミがたぶらかしたんじゃないだろうな。許さないよ、そんなことは。」

「いえ、知りません。」

そんな名前の人間に、会ったことすらない。エミューナはきっぱりと否定した。

「ホント?どこに行ったんだろう…」

ルドヴィークは本当は少し期待していたようで、否定されて肩をがっくりと落とした。

少し場が落ち着いたと見たか、モーチェスがエミューナに丁寧に一礼する。

「名乗り遅れました。私はモーチェス・マラカイトという者です。この城下の教会で布教をしています。」

「この聖堂ではなさらないのですか?」

「生憎、私は神官の方々に嫌われていますので。」

モーチェスがちっとも気にしていなさそうに笑顔でそう答え、ルドヴィークが嫌そうな顔で首を横に振った。

「…神官のいうことなんて聞かなくていい。」

「…。」

どうやらここにも、神官嫌いがいるらしい。モーチェスと仲がいいからだろうか。

「エミューナ姫…キミはウソツキじゃなさそうだ。だからきらいじゃない。じゃあね、モーチェスも。」

ルドヴィークはそう言うと、聖堂を後にした。


「神父様、どうしてあなたは…神官に嫌われている、というのですか?」

「私が神を信じていないからです。そして、私は世界を見たことがあるからですよ。

 …神のために戦い、人が死ぬ国がありました。『神』そのものを信じていない国だってあった。それを見て思ったんです。神は何もなさらない、と…」

「世界を見る…あなたは一体…?」

「どうも昔は、悪かったので。では、私もそろそろ…」

モーチェスも聖堂を去る。神官に見つからないように、長居は出来ないのだろう。

「神は本当に、何もしてくれないのでしょうか…?」

残されたエミューナは、暫し白十字塔を見上げていた。



翌日、エミューナはネヒティア国王と対面した。

「…というわけで、結婚の日取り等はおいおい報告しよう。それまでは、ここでゆっくりしているといい。エミューナ姫、自分の家と思ってくれればかまわぬ。」

「ありがとうございます。ところで、ルドヴィーク様は?」

「大変申し訳ないが皇子はこのところ忙しいのでな。体が空けばすぐにでも対面させよう。」

「そうですか…?」

つまり、結婚式まで会わせるつもりはない、ということか。ルドヴィークは結婚に反対していた、きっと女だとバラされて全て台無しにされると国王は見越しているのだろう。それはその通りで、しかし偶然にも既に昨日果たされてしまっていた。

「戦いなど、本当にはじまるのでしょうか…。それにしてもわたくしはどうすれば…。」

エミューナは謁見の間から退き、独りごちた。フィーアールは結婚式の前に助け出してくれると言っていた。しかし、その結婚式は行われないかもしれない。そうなると、自分のせいでルドヴィークが無駄に危険な目に遭う可能性がある。

いや、本当に結婚式は行われないのか?もう、誰を信じていいのか分からない。

「皇子に会ってみます。何かわかるかも…」

エミューナはルドヴィークの部屋を探すことにした。会わせたくないならば、きっと警備が厳重な方に向かえばいいのだろう。一度部屋に戻って、武装してこなければ。

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