婚約者の部屋

エミューナが衛兵をのしつつルドヴィークの部屋と思われる扉を片っ端からノックしていくと、ようやくお目当ての返事があった。

「誰だ?ボクはひとりでいたいんだ。」

「わたくしです。」

「エミューナ姫?キミなら入っていいよ。でも、よくここまで来れたね。」

ルドヴィークが扉を開けてくれる。エミューナは大剣を担ぎおろし、少し照れ笑いをした。

「すみません、少々手荒な真似をしてしまいました。でも…」

「…。いいよ、どうせそうでもしなきゃキミはボクに会わせちゃもらえない。このあいだ会ったのだってホントに偶然、奇跡に近いよ。」

「そう、そのとき皇子は言いましたよね…」

「女だよ。皇子じゃない。皇子は兄様だ。」

入口で二人が会話していると、ルドヴィークの背後から、

「何なら私が調べてやろう。」

破廉恥な格好をしたおっさんが出てきた。

「どこから入ったんだ!?ゴキブリみたいだなあ…」

ルドヴィークが悲鳴を上げて飛び退く。おっさんは指を振りながら扉に近付いてきた。

「ゴキブリが一匹見つかると、その家には見えないところに三十匹もゴキブリが…」

「ウンチクはいいよ!」

「そんな、この人が三十人も見えないところに…」

エミューナが思いっきり顔をしかめる。ルドヴィークが慌てて彼女に声を掛ける。

「想像しちゃだめだ!」

「おっと、見えないところというか…、ふりむいてごらんなさい…」

エミューナがそう言われて廊下を振り向くと、そこには三十人のおっさんが…

「キャー…」

エミューナはおっさんと入れ違いにルドヴィークの部屋に入り、ルドヴィークは速攻で鍵を閉めた。



エミューナは何事もなかったようにルドヴィークの部屋に招かれ、ソファに腰掛けた。しかし頭の中は何を話したかったのかすっ飛んでしまい、言葉を探りながら話を無理矢理戻した。

「男ではないのならどうしてそんな…、それにわたくしとの結婚は…ネヒティア王は一体?」

ルドヴィークは部屋の戸締まりを神経質に確かめながら、エミューナにいらえた。

「十五年前、ボクが生まれた時、神官が言った。それに従ってお父様は、ボクを男の子として育てたんだ。国民をだまし…みんなをだまし…。反対したのは、兄様だけだった…」

この少女の味方は十五年間、兄だけだったのか。エミューナはルドヴィークに同情した。

「だから…。じゃあ結婚は…」

「しないから。お父様が勝手に言ってるだけだ。」

ルドヴィークが鼻を鳴らしてエミューナの向かいの椅子にどっかりと腰掛ける。淑女らしさは当然というか、どこにも無い。

「そうですか。良かった…。でも…」

「どうしたの?」

「わたくしの好きな人は…わたくしにはどうしようもできなくて…」

「キミが好きならそれでいいじゃない。」

「でも、その人はアンゼ様の婚約者なのです。わたくしは…失礼かもしれませんが、血脈があまり良くないから…母が…、だから外に出なければいけないのです。国にいてはいけない…。でもフィーアールは…、その人は国で一番のひとだから、女王となるアンゼ様と結婚しなければいけない。」

エミューナは気付くと目の前の年下の少女に身の上話を打ち明けていた。婚約相手だから遠慮することはないのだろうが、不思議な気分だ。

「…違うんじゃない?だってワーネイア王は…そんなんじゃなかったよ。キミだけは頼むって、一生懸命言ってた…。」

ルドヴィークは可愛らしく首を傾げる。父はルドヴィーク皇子が立ち会った場で、つまり皇子は女性だということを承知で、結婚の段取りを進めていたのか。エミューナは驚いたが、更に謎が深まった。

「…。でも、結婚できないならどうしてわたくしはここに…。それに、神官はどうしてあなたを…」

「さあね。…これ以上は言えないよ。そしたらボクはキミにウソをつかなくちゃならない。そんなのイヤだ。」

ルドヴィークは悲しそうに首を振る。

「ひとつ教えてください。戦争のあと、ネヒティアはワーネイアをどうなさるおつもりです?ワーネイアもネヒティアに…」

「どうしてそんなこと言うの?これ以上は言えない。もう出ていって!」

「…。失礼しました。」

ルドヴィークは、やはり友人より前にネヒティアの皇子なのだ。彼女がネヒティアを大切に思う気持ちは、エミューナがワーネイアを大切に思う気持ちと同じなのだろう。だからこそ分かり合える部分もあれば、だからこそ、突き放さねばならないこともある。割り切るべきは、エミューナだった。

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