チェザーレの行方

ルドヴィークはワーネイア城に滞在中、寝泊まりに貴賓室を一室充てがわれていた。モーチェスを同室にするのはモーチェスが拒否したため、彼は使用人部屋をソウと二人で間借りしている。その割に平気でボクの部屋に入ってくるんだよな、こいつ。ルドヴィークはモーチェスの顔を見た。

モーチェスとお兄様は仲が良かった。モーチェスはお兄様のことを実の弟のように思っていたのだと思う。モーチェスが銀髪、お兄様がそれより少し色の濃い、言うなれば灰色の髪で、お兄様はモーチェスに憧れて髪を伸ばしていた。ボクは男のフリをするために髪を短くさせられているのにズルいよな、と思ったものだ。

お兄様だけは、ボクのことを女の子として扱ってくれた。ルゥ姫、なんて、呼んでくれた。お兄様が王様になったらきっと、ボクがウソをつかなくても済むようにしてくれると思っていたのに。

今、ネヒティアはウイニアの占領下だ。もし取り返したとしても、その時には王様を誰にするかという話になるだろう。そして、このままいけばきっと、それはボクになってしまう。

そうなったら、ボクは一生…。

「ねえモーチェス、ボク達の国はどうなるのかな?」

ルドヴィークはベッドにごろごろしながら、ソファで何やら本を借りてきて読んでいるモーチェスに声を掛けた。お互い男の感覚で接しているので遠慮がない。

「…。さて、…」

モーチェスは本から目線を外し、ルドヴィークに向き直った。

「お兄様、なんて言うだろう…。お兄様はいったいどこにいるんだろう。」

「調べるどころではありませんでしたからね。」

ワーネイアに来た理由はチェザーレを探すためだったが、ここまでそれが出来ないでいる。そろそろ動かないと、何の成果もなく帰郷する羽目になる。

「お兄様は神官長が何かをしてることは気付いてた。それで、自分が国にいると命が危ないとも言ってた。モーチェスは何か知らない?」

「チェザーレを、私同様、神官は消そうとしていましたよ。ヴィークを次の王にするために。」

「なんで、なんで…」

「神のお告げだそうです。あなたが生まれた時の。だから、あなたは男の子として育てられた。」

神のお告げと言われ、ルドヴィークは顔をしかめる。グロチウスは薄気味悪い男だった。宮中では顔がいいとか言われていたが、ルドヴィークからしたらお兄様の方が何倍もカッコよかった。グロチウスの正確な年齢は分からない。神の民であるから長命なのだろう。何代もの王に仕え、神のお告げとして実質次の王を指名する権利を持つ彼は、ネヒティアという古臭い国の根幹に巣食っていた。

「いいことを教えてやろう。」

間仕切りのカーテンの向こうからソウの声がした。

「あなたは、帰ったのではなかったのですか?」

モーチェスがカーテンに向かって声を掛ける。

「アンゼ姫からの頼まれごとをしていてな。その時におぬしらの探し人に近い者の情報が入った。」

「教えて!はやく!」

ルドヴィークはベッドから跳び降り、ソウを部屋に招き入れた。

「革命党が捕えていた人間がいた。大分党のことを嗅ぎ回っていたようだ。ただ、国の諜報員かと思いきやどうも違うようでな。何せ国の窮状を余すことなく調べ上げた資料を持っていたと言うし…」

「お兄様なのか!?今一体どこにいるの!?」

「おそらくそうであろうと拙者は踏んでいる。ただ、今どこにいるのかは分からぬ。革命党が捕えていたそうだが…つれさられた、と。」

「誰に!?」

「黒い髪の男、というのではないでしょうね?」

ルドヴィークとモーチェスの顔が険しくなる。

「いや、女だと。人間離れした美しい女だと。」

「…。一体…」

モーチェスは眉間にしわを寄せたまま腕組みをして考え込む。

「ただ、あの男と関係がありそうだ。消えたらしい。そして、『これがいわゆる〈うつくしくない〉ってヤツ?』というセリフを残して。」

「『うつくしくない』ですか…」

ルドヴィークは確信した。やはりあの男がお兄様にも何かしようとしているのだ。

「あの男のあとを追う!お兄様をつれもどすんだ!モーチェス、行くよ!」

「ですが…」

「急がば回れ、だ。どこに行けばいいかも分からぬだろう。まずは革命党の党首にでも話を聞いてみたらいいのら。」

「『のら』…?」

ルドヴィークが首を傾げると、ソウはたじろぐようにぐっと顎を引き、

「さらばっ!!」

と言って去ってしまった。


ソウは廊下で頭を抱えた。

(どうしよう、訛ってしまった。どうしよう、生まれたのはエドだけど父の転勤で育ちはずっとキュウシュウってばれて、『あらソウ君いがいと田舎ものなのね。あなたアキハバラ行ったけどメイド喫茶でウーロン茶だけ飲んで怖くなって帰ってきたでしょ。でも新学期学校で自慢だけはしたでしょ』的な展開になったら何て言い訳すればいいのら!?

 『もんじゃ焼きよりさつま揚げの方が好きでしょ』的なことを言われたら拙者はどうすれば…あと『おいどんってゆってみろよ、オイ』とか言われたら…どうするのらー)

「よしっ!」

決心して、ルドヴィークの部屋に舞い戻る。

「あの…、もんじゃ焼きとかすごい好きだから、拙者。あと、はじめてメイド喫茶行ったときも、カレー食って堂々と帰ったから。」

「??」

「??」

「さらばっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る