有能か、無能か

アンゼはゆっくりと深呼吸をし、それからおもむろに口を開いた。

「国民のみなさん、国王は、死にました。私が、責任を持って、討ちました。」

屋上庭園の尖塔の陰に控えていたフィーアールが思わず声を上げる。

「何!?革命党の協力とは言わないのか?」

アンゼには聞こえたかもしれない。しかし、彼女はその声を無視した。

「今まで、皆さんを苦しめて申し訳ありません。父が、いえ、国王が神官のアリョーシカと神のことばに背いた行いをしていたことに気付かなかった私は、何といってわびればよいのかわかりません。つぐないとして、この国を少しでも良くしていきます。」

「話が違う!」

フィーアールが吼える。今度は必ずアンゼに届いた筈だ。しかし、アンゼは取り合わない。この時のために、自分は彼らと行動を共にしたのだ。自身が国の代表として、国民に直接話をする機会を、ずっと待っていた。

「私に、これから少し、もう少し国をまかせてはくれませんか?戦争は…停戦となりました。死んでいった者たちのために、よりよい国を作りましょう。協力、していただけませんか。」

民衆がザワつく。

「そんな…、急に…」

「あんたの父親が国をこんな風にしたんだろう?」

「でも、父親を討つんだ、相当の覚悟だぞ」

「今までかくされていた姫君だ。もう少し様子を見てもいいだろう」

批難の声が上がっているようだ、と判断したアンゼは、胸に手を当て頭を下げて謝罪のポーズをとる。そして再び面を上げて、言葉を続けた。

「申し訳、ありませんでした。そして…『革命党』という組織がこの国にはあります。私は、国を変えるため彼らの力添えを得、国王を討ちました。彼らの助けがあったことは大いに評価しますが、…もう国は変わりました。

 今まで国の混乱に、そして戦争での多くの犠牲に『革命党』がかかわってきたことも明らかです。本当ならば何らかの罪を与えるところですが…『革命党』の即日解散を命じるのみにします。」

ざわり、と異質な騒ぎが起こる予兆が見えた。しかしアンゼの演説はここで終わりだ。アンゼは壇上から降り、執務室に向かって歩き出した。尖塔の陰からフィーアールが飛び出してくる。

「貴様、何ということをしてくれた?話が違う!」

「さあ、どういうことでしょうね、フィーアール正騎士候。いえ、革命党々首。本来ならばあなたは死罪。ここまで譲歩したことをありがたく思いなさい。そして、私はあなたとの婚約を破棄するとともに、近日中にあなたを罷免します。」

アンゼは鋭い視線を元婚約者に投げつける。彼は想定外の事態に動転しているようだった。

「ふざけないでくれ!」

「何か勘違いをしていませんか?統治者は変わりました。でも、法はまだ変わっていません。」

「…。」

王に反逆した罪、反乱を企て民衆を扇動した罪、兵を私物化した罪、そして恐らく、枚挙に暇がないであろう、革命党員が犯した罪の責任全てを、彼は問われることになる。

「加えて言っておきます。次はもうありませんよ。」

アンゼに最後通牒を突きつけられ、フィーアールは思わず槍に手をかけようとした。しかし今は兵士や民衆がすぐ傍で見ている。ここで事を起こすわけにはいかない。

フィーアールは歯噛みしながら一旦城を去った。まず、革命党員への弁明が必要だった。



「どういうことだ!」

「リーダーの言う通りに、何一つ動いていない!」

「結局王は倒れたが、アンゼ姫が全てを握ってしまったじゃないか。」

「どうなってるんだ、説明してくれ、リーダー!」

「いいや、もうあんたなんてリーダーじゃない!」

革命党のアジトでは、党員達の怒りが噴き上がっていた。一方で、アンゼと共に北の大森林を抜けた幹部達の中には、予測出来た未来だと肩を落とす者達もいた。敵に回したくない、あまりに有能で意志も強く、人の上手をいく姫だと思い知らされていたのだ。そんな彼らは、場を黙って眺め、フィーアールの肩を持つことはなかった。革命党は、終わりだ。それを受け入れた者達と、受け入れられず怒りに狂う者達が、フィーアールの醜態を見に集まっているだけだった。

「すまない…。大丈夫だ、待ってくれ。すべての元凶はアンゼだ。殺す、今日、あいつを。それまで、待ってくれ。」

フィーアールが党員の怒りを何とかなだめようとする。灰皿や靴、ハンカチ、木のジョッキなど、様々な飛び道具が彼を襲う。

「もう聞き飽きた。」

「じゃあ早く行ったらいい。」

「やるとこ見せてくれよ。我々の苦しみも知らずに!」

何故、こんなことになったのか。フィーアールはアジトを追い出されながら憎しみの炎を燃やしていた。無責任に彼を槍玉に挙げる党員達への怒りは、勿論ある。しかし、彼らの怒りは正当だ。矛先が、無能な王から、無能な俺へと変わっただけだ。

無能?俺が?あり得ない。フェルナ様に見出され、ファスティニア将軍の元で座学と軍学、武術に励んだ。海軍大将にまで登り詰め、ファスティニア将軍から継いだオイディニアをこの三年、能く治めて、革命党の下地を作った。クリウス王子と手を結び、資金や人材を二人で集めた。寄せ集めだった党員を何とか戦える形にまで整え、ネヒティアとワーネイアを落とさせた。

それを全て土壇場でひっくり返したのは、あの女だ。

あの女が何を努力してきたというのだ?生まれが高貴なのが、それほど偉いのか?自身の心の欠陥を隠すどころか、あたかも冷静さという美点であるかのように振る舞う、厚顔無恥な女だ。いくら頭が切れたとて、人の心を持たぬ王など上手くいくはずがないのに。


フィーアールは気づけなかった。アンゼの中に誰よりも民の命を思い、その営みを愛する心があることに。愛しあう家庭を奇跡と考え大切にする心があることに。それ故に、その愛を利用する女を許せなかった、五年前のアンゼの若さに。

だからやはり、その一点において、彼は無能だったのだ。

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