役に立つ者
王が替わったと演説をした日の夜。アンゼは執務室でソウからの報告を受けた。
「ありがとう。これ、報酬よ。これぐらい資料があったら革命党は十分潰せるわ。」
「ありがたく戴こう。」
「なかなか有能ね、あなた。クリウスなんかに仕えなくても大丈夫じゃない。」
「いろいろあってな…。」
ソウがウイニアの港町に辿り着いたのは三年前のことだった。
「ここがウイニアか。活気があるな。入国手続きをするか。」
管理官らしき男がゲートでソウに声を掛ける。
「パスポート、見せて下サーい。」
「ぱすぽーと?」
「入国許可証でース。」
「おお、通行手形のことか。はい。」
ソウが自国で発行してもらったものを提示する。しかし、管理官はそれを摘み上げ、ヒラヒラと色んな角度から眺めた。
「何デスカ~?コレ。見たことナイデーす。アな夕さてハ…。ドウヤッてここニ来マシタか~?
① 桃に入って来た
② おわんに乗って来た
③ 貨物船の地下に乗って来た」
「偏見だ!」
「アヤレイでース。捕マエアーす。」
「片言のおぬしが一番あやしい!」
「何言ッテマすカー!私ちヤント中央大学の薬学部出テマーす!」
「中央大に薬学部はない!」
「で、捕まったとこをクリウスに助けてもらったわけ?」
アンゼが眉をひそめて話を先読みする。ソウはこくりと頷いた。
「まあそんなところだ。」
「一体何しにこっちへ来たのよ?」
「伝説の剣のためだ。志半ばで逝った父のためにも、それを探している。海を渡ったら見つかるかもしれぬ、と思ってな。」
アンゼは目を見開いた。東国で、伝説の剣といえば…。
「その剣はまさか、伝説の『虎徹』…?」
「いや、違う。」
「では、妖剣…」
「その名は、魔剣『エクスキャリバー』。そこの土産もの屋のは、あいにく偽物だった。」
「なんでやねん!親父の探しものでしょう!?」
「バタ臭い父であった。因みに、好きな歌手はQueenだったな。好きな食べものはハンバーグとグラタン。」
「もういいよ!」
アンゼがソウのペースに振り回されている頃。
フィーアールは彷徨う幽鬼のようにふらりと仕事中のリナレスの傍に立った。
「リナレス、聞きたいことがある。」
「フィーアール様、随分お疲れのようですが…」
「いや、アンゼは部屋か?」
アンゼの名を聞いて、リナレスの顔が曇る。
「…。執務室にいると思いますが…」
「そうか。」
フィーアールは再び槍を杖代わりにして歩き出した。執務室のある屋上庭園へ続く階段を目指しているようだ。
「フィーアール様、どうしてまだ…」
リナレスは心を痛めた。フィーアールがアンゼから婚約を破棄されたことは彼女も知っていた。失踪中もあれほどアンゼのことを愛し、アンゼの選択を尊重していた忠実なフィーアールを切り捨てるようなアンゼの非道な行いに、リナレスは憤慨したのだ。見よ、哀れなフィーアールは捨てられてなお、アンゼの元にすがろうと階段を上ってゆく。人として、男性として尊敬していた彼のそんな姿を、無惨な愛の形を、リナレスは見ていられずに席を立った。
アンゼは初日から仕事に忙殺され、もうペンを持ちたくない!と従者と祐筆を呼んで作業を手伝わせていた。
「情報機関への手回しはすんだわ。あとは兵の確認、税のこと、…一人じゃ大変だ。」
独り言のように従者に語り、残課題のメモを取らせる。こういう単純作業は人に任せれば良いが、判断力を必要とする作業を相談出来る相手が欲しかった。脳裏にクリウスが浮かび、無理無理、と頭を振る。神官長も、新たに立てねば。
「たしかリナレスは結構頭も良いし…、神への忠誠も厚い。彼女に役に立ってもらおうかしらね。」
従者に問うように声を掛けるが、従者はイエスともノーとも答えられる立場ではなかった。アンゼは片眉をわずかに上げて、それから溜息を誤魔化すために執務室の椅子の上で伸びをした。
「なにか、わたくしにもできることはないですか?」
エミューナは、仕事をしたくて必死だった。
「気になさらないでください。」
リナレスは無碍に返事してアリョーシカが自室に散らかした資料の整理を続ける。
「リナレスはよく働きますね。神官長様が殺されてしまって悲しいでしょうに…。」
エミューナが感心したようにそう言うと、はたと手を止めてリナレスはエミューナに首を傾げてみせた。
「変な言い方されますね。あなた方が討ったのでしょう?」
「あっいえ…(公式的にはそうなってるのでした…)」
エミューナがしゅんと顔を伏せると、リナレスは再び本棚に目を戻して作業を再開した。
「…神の教えに背いていたのならしかたないでしょう。神がおっしゃられたことと異なることを伝えるのは、神官として一番やってはいけない行為です。神への冒涜です。それも私利私欲のために。」
どうやらリナレスは苛立っているらしい。恐らくアリョーシカに対するものが大半なのだろうが、それを自分に見せるからには、自分に対しても苛立ちを感じているということだろう。
「えっと、そうですか。…いろいろすみません。あの、アンゼ様のこと、…」
支えてあげてください、と言おうとすると、リナレスはエミューナを振り返った。彼女は神の民、人よりも長生きする神官の一族。見た目はエミューナより年下だが、実際はアンゼと同期だ。そんな彼女がアンゼと聞いて見せた、複雑な感情の籠もった厳しい目に、エミューナは言葉の途中で黙ってしまう。
「…。その方のお名前を出さないでください。私が働くのは国のため、神のためです。その方のためではない。」
よほど、アンゼはリナレスから嫌われているらしい。エミューナはしょげ返り、リナレスから少し身を引いて壁際にもたれかかった。
自然と溜息が漏れる。
「みんなわたくし無しで話を進めていく。わたくしは、いらないのでしょうか…」
一人で考える時、独り言をする癖がついていた。今のところは、こうしてでも、考えることを継続しなければならなかった。自分は王族だから、大人だから、考えないといけないのだ。
「エミューナには、ちゃんと平民の血が流れている。」
脳裏にフィーアールの言葉が浮かび、エミューナは首を振った。平民だからいらない子なのではない、と思う。だってフィーアールは、平民でも、きちんと仕事はこなしていて…。でも、その裏で…。
「あの方は…、今までどういう気持ちでこの国に仕えてきたのでしょう。…お父様が殺されても、少しも悲しんではくれなかったのですから…。」
昨日のフィーアールの笑顔が思い出される。あの笑顔は今でも許せない、理解できない。人の命に、王族も平民も、神の民も関係ないはずだ。それが分からない彼だとは思いたくなかったけれど…。エミューナはフィーアールのことがすっかり信じられなくなっていた。
信じられないと言えば、アンゼも同じだ。何故自分に一言の相談もなく、独りで父を討とうとしたのか。自分がどう思うかなど、どうでも良かったのだろうか。
その点、ルドヴィークは何でも言ってくれる。言葉に遠慮がない上感情も乗せまくるせいで人当たりが悪いところはあるが、エミューナとしてはとても分かりやすくてありがたい。ワーネイアが落ち着いたら、ルドヴィークと共にネヒティアに渡ってしまっても良いかもしれない。結婚、では、ないけれど。今一番離れがたい相手は、彼女だった。
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