新しい神

「終わりましたね、すべて…」

エミューナが大剣の血を拭ってバラバラにした主神を見遣る。アンゼは魔力をごっそりと持っていかれた疲労感から、杖にもたれかかりながら頷いた。

「ええ、でも、これから…」

その時、主神の体が光に包まれ、彼は無傷の状態で再び立ち上がった。

「言っただろう?私は死ねない。死のうとしても命はまた戻る。死ぬほどの苦しみと痛みだけが残る。そしてそれは、さらなる憎しみを生む!」

アンゼは肩で息をしながら顔をしかめた。

「どうすれば…」


「そろそろ、区切りをつける時が来たのかもしれないな。」

突然、主神の隣におっさんが現れた。

「あっ!?」

皆が声を揃えて驚く。

主神は憎しみを込めておっさんを睨んだ。

「大いなる者…」

「そんなにすごいやつだったのか?」

クリウスがおっさんと主神を交互に二度見した。おっさんがアンゼ達に一礼する。

「私はこの世界を司る大いなる者。ずっとあなた達を見ていた。確かに、もうレオンにも酷すぎる時間だったな。」

おっさんに目を向けられ、主神は低く唸った。

「私は、あなたをも憎い。」

「だが、世界の均衡のためには、永遠に場を司る者が必要なのだよ。君を助けるには、新たな神がいる。」

おっさんが主神の肩に手を置いた。主神は力無くうつむく。

「では、やはり…」

「レオンには世界のすべてではなくても、世界の大切な部分を担わせたのは確かだ。だが、それはこの民族が神として君臨するための私との契約。畏れだけでなく、力を手に入れてはじめて神は神になれたのだ。」

「だが、どうして私が…」

「…。リスクは何だって必要だ。」

「許せない。世界も。あなたも。何もかわらないなら…」

「それならばそれでいい。世界が消えても…だが、そこの六人なら何かできると思ってな。」

おっさんが主神からアンゼ達に視線を移す。

アンゼは理解した。何故この不審者が、自分の夢や行く先々に現れていたのかを。

立ち止まってほしくなかったのだろう。しかし、頑張れ、とも、手助けしよう、とも言えなかったのだろう。ましてや、神をどうこうしろ、などとは。

その結果が、あの茶番。すっっっっごく下らなくて心底気持ち悪いアプローチの仕方だが、理解、できてしまった。

アンゼは深呼吸して、おっさんの方に近づいた。スー、ハー、プッとはしてやらなかった。


「私に、永遠の命を。そして、この神に安らぎを。」


「なにをいってるんですか?」

エミューナが素っ頓狂な声を上げる。主神は眉をひそめた。

「…おまえは、所詮ヒトだ。我々の種族ではない。」

「この混乱を抑えられるのは神しかいない。ならば、私が神になる。あなたならできるでしょう?私と、契約してください。」

おっさんはわざとらしく顔をしかめる。

「できないことはない。だが、いいのか?」

「それが目的で私達の前にあらわれていたのでしょう?」

「…。」

トリックスターの沈黙は、何よりも雄弁だった。

「やめろ。アンゼさんじゃなくていい。残された人のことを考えてくれ。僕には大切な家族はいない。」

クリウスがアンゼの肩を掴む。アンゼはその手を優しく握って肩からどけた。

「あなたには守るべき国がある。でも、ワーネイアには、エミューナ様がいる。他の人たちだって、みんな同じよ。」

「でも…」

「お願いします。」

クリウスの言葉を待たず、アンゼはおっさんの方に向き直る。おっさんはうーん、と腕組みをした。

「もう他の人とは会えなくなるが?ここに来た記憶は、消させてもらう。この世界の根底にかかわるから。そして、アンゼさんに関する記憶も。」

「…。神ともなれば、いたしかたないでしょう。エミューナ様、あとはたのんだわよ。みなさん…さようなら。」

アンゼが防御結界を自分と他の仲間たちとの間に張る。エミューナとクリウスが結界を叩くが、アンゼの決意を映してか、それが破れることはなかった。

「そんな、いやです。アンゼ様っ…アンゼ様っ…」

「待って…。きみには…きみは僕の…」

ソウは難しい顔をして黙り込み、モーチェスとルドヴィークは信じられないと首を振る。

「……。」

「そんな…」

「ウソだよ…」

アンゼは振り向かない。おっさんに真剣な表情で向き合った。

「そこまで心が固いなら…」

おっさんがパチンと指を鳴らす。アンゼのかけがえのない仲間たちは、いずこかへと転送された。

「…やっと…救われるのか…」

少年が眠るように目を閉じた。アンゼは彼を看取り、炎魔法で灰にした。少年は、二度と復活することはなかった。

おっさんはいつものように消えていた。新しい神が正しく生まれたのを確認したら、彼はもうこの世界に用が無かった。

これで、全て終わった。そして、ここから新たに始めるのだ。

新しい神はヒトだった頃の名前を捨てた。その名前は、大切な人たちが呼んでくれた名前だ。しかし、彼らの記憶の中から私は消えてしまったはずだ。それならば、私一人がこの名前を覚えていても、きっと苦しいだけだ。

古い神は大いなる者にレオンと呼ばれていた。しかし、どの神も彼のことをその名前で呼ぶことはなかった。ただ、主神とだけ呼ばれていた。きっとあの子は、私と同じことをしたのだろう。彼のことを覚えているのはもう私しかいない。そして、私は私の愛する人たちのために、私を殺し、私を捧げ、世界を愛する者となる。

覚悟は、ゆっくりと追いついてくる。理性で後悔を殺すことには、幸いにして、慣れっこだった。


新しい神は、古い神に仕えていた神官たちに声を届ける。神官たちは代替わりしたなど気づきもせずに、新しい神の言葉に耳を傾けた。


神の名において命じる、戦いを、やめよ。

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