助命
ルドヴィークがエミューナを伴って玉座の間に再び姿を見せたのは、フィーアールが出立した翌日のことだった。
「どうですか、皇子。エミューナ様。」
アンゼがなるべく優しげに聞こえるように心を砕きながら二人に声を掛ける。
「もう大丈夫です。」
エミューナはいつもの微笑みを取り戻して頷いたが、ルドヴィークはアンゼを胡散臭そうに睨んだ。
「…。ありがとう。…。ボクをどうするつもり?殺すの?」
「お前、一国の姫様に何ていう口を聞くんだ。仮にも戦いに敗れた国の者が。」
クリウスが苛立ちを見せる。アンゼの想定以上に急速に、彼は親アンゼの態度を取るようになっていた。あからさま過ぎて、演技だとしたら大根役者だ。
「…。キミがクリウス王子か。知ってるよ。みんな知ってるさ。キミはウソツキだよ。ウソツキな大人だ。ボクはキライだ。」
「何を言う…」
ルドヴィークに突然非難の言葉を浴びせられて、クリウスは閉口した。モーチェス神父がルドヴィークの肩に手を置いて諭す。
「やめなさい、ヴィーク。これだけ丁重にあつかってくれているのですよ。」
「そうだね。」
ルドヴィークは素直に頷いて黙ったが、その目はクリウスとアンゼを交互に睨んだままだ。アンゼは溜息をついて再び口を開く。
「あなたをどうするかは、まだ決まっていません。ただ…」
エミューナがずいと前に出た。
「助けてあげてください。お願いです。ルドヴィーク様は、きっと…、悪くない。ワーネイアのことだって、ルドヴィーク様は…」
「関係あるよ。ボクはみんな知ってた。ワーネイアだっていつかは領土にしてやろうと思ってたよ。」
エミューナのフォローをルドヴィークが遮る。クリウスが聞き捨てならないとルドヴィークを睨み返した。
「何だと…」
「キミに言われたくないね。何が悪いの?ネヒティアの元に入った方が、ワーネイアの民だって幸せなんだ。少なくとも、ネヒティアは飢え死にさせたりはしない。」
アンゼも流石に黙ってはいられない。腕組みをして、ルドヴィークに視線を返した。
「ワーネイアにだって今までの歴史があります。国民としての誇りがある。何故かんたんにそれを奪えるの?」
「誇りと食べ物どっちが大切なの?国を守って飢え死にして幸せかい?ネヒティアがみんな幸せにするんだよ…」
「では何故ウイニアを?」
アンゼは皇子に問うた。本来ならば国王にすべき尋問だ。しかし彼女が皇子として真に国のことを考えているならば、答えられて然るべきだ。
「…。邪魔だったから。それに、ウイニアだってネヒティアと変わらないじゃないか。ワーネイアを攻撃するんでしょ?」
「何を言うっ、おまえ…」
クリウスが慌てた様子で声を上げる。アンゼはそれを遮るようにあからさまな溜息をついた。
「···。まあそんなところでしょう。でもね、…」
「わかってるさ。負けちゃった今、そんなこと言っても無駄だって。ボク一人じゃどうにもならないさ。」
ルドヴィークは急にしょげ返り俯いた。さっきまでの理想論、ネヒティア国王が健在なればこその物言いだった。今の彼女は敗戦国の皇子、否、性別を偽った皇女でしかない。
「…。」
アンゼははっきりと、惜しい、と思った。ルドヴィークが国を思う、その気持ちは本物だ。物の道理も弁えた上で、なお理想を語る気概もある。十五歳、というのが本当ならば、少し人当たりは強いが大人ばかりの中でも物怖じせずにしっかりと思考できる優秀な存在だ。敗戦国としてのネヒティアに、これから寄り添えるのは彼女しかいない。
ネヒティア国王の葬儀が行われた。戦時下のため、悲しいほどに簡素な国葬だった。アンゼやクリウス達国外の者は出席しない。主のいない玉座の間の窓から、城下町を見下ろしていた。
「クリウス、ルドヴィーク皇子は助けてあげるでしょう?」
アンゼがクリウスに問う。クリウスは、いつの間にか自分のことを呼び捨てにするようになったアンゼに気付いて驚いた。だが、不思議なことに悪い気はしない。自分もアンゼ、と呼んでみようか…、いや、それはマズいかもな…。そんな気の早い思考を巡らせながら、彼は真面目くさった顔で頷いた。
「あなたがそう言うんならしかたない。でも、どうして…」
「エミューナ様が言っていたし…、彼から聞き出せる情報も少なくはないでしょう。」
「そう…。」
ルドヴィーク皇子を彼と呼ぶ時、アンゼはルドヴィークのことをネヒティア皇子として見ている。彼女と呼ぶ時はエミューナの友人、あるいは年下の同朋として見ているようだった。
クリウスは年齢のことを思い出して、そうか、と得心した。自分がルドヴィークについ怒りを覚えるのは、彼女が弟のロムルスに歳近いからだ。いや、ロムルスはもう十八だが、一番顔を突き合わせていた頃のあいつと同じ歳なのだ。流石に我ながらみっともないことだと自覚する。ルドヴィークに対しては、もっと大人として余裕ある態度を取らねばなるまい。
…賢く、大人にも意見し、自分が正道だと自信満々に振る舞うロムルス。父王はロムルスの前ではクリウスのことを、ロムルスの才を褒めるためのダシにしか使わなかった。アンゼとエミューナではなく両親を同じくする血を分けた同胞なのに、神官がお告げと称して伝えた「ロムルスを後継者に」という言葉が、全てを狂わせてしまった。
神が、自分と、弟の、何を見極めたというのか。
クリウスは今もフィーアール達ワーネイア軍と戦っている弟に思いを馳せる。
ロムルスとフィーアールが、相討ちしてくれたら楽なのだが。
良くない考えだとは思いつつも期待してしまう。無論、それが成らなければ、いずれ自分がそれぞれを順に下していくまでのことだった。
葬儀が終わり、ルドヴィークが玉座の間に帰ってくる。エミューナが入口まで彼女を出迎えた。
「アンゼ様も、クリウスさんも、ルドヴィーク様のことは助けてくださると言っていました。」
「そう…。で、これからどうするの?」
「戦いは、続くようです。今度は、ワーネイアに。」
エミューナは悲しそうな、だが決意した顔で言う。ルドヴィークはそんな彼女を見て、思うところがあったのか。
「ボクも行くよ。お兄様のこと、何かわかるかもしれない。モーチェスも来て。いいでしょう…」
「そうですね…。ヴィークのことは心配ですし、チェザーレのことも気になります。」
モーチェス神父はゆっくりと頷いた。クリウスはその茶番に肩をすくめる。
「はじめからそのつもりだよ。たとえイヤだといっても…、君には僕達のためにいっしょに戦ってもらう。助けてあげているんだ、当然だろう?」
「…。はい、そうだね。クリウス様っ。」
「こら、ヴィーク…」
反発するルドヴィークをモーチェスがたしなめる。モーチェスの話では十年前、ルドヴィークとチェザーレの教育係になったということだった。父親の跡を継いだらしい。ルドヴィークが五才の頃から彼女についていたとなると、彼女の考え方のほとんどはモーチェスの影響かもしれなかった。
エミューナがルドヴィークの手を取る。
「手伝ってください、いっしょに、お父様を助けてあげてください。」
アンゼはその言葉にハッとした。エミューナが、父を救う道を選んだことを知った。
(…。ごめんね、エミューナ様。もう、お父様は私が…。決めたの。)
エミューナとも、もうすぐ訣別するのか。アンゼは孤独を予感した。しかし、もはや彼女に迷いは無かった。
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