父を討つ

ネヒティアの首都を出発したクリウス率いるウイニア・革命党連合軍は、ネヒティアとワーネイアの間に広がるラマン山脈北の大森林の手前の村タキスに差し掛かっていた。アンゼはフィーアール不在の革命党軍の中で、クリウスの副将のような立場になっていた。

「私達は次に北の大森林を抜けて、ワーネイアの城下に向かう。城を攻めるのは…、私達が一番よく知ってるわ。戦いの準備を整えたら、行きましょう。」

革命党軍の幹部連中は緊張の面持ちで頷く。軍とはいえ彼らは正規の兵ではない、所詮寄せ集めの軍だ。友好的とはいえ王族と行動を共にすることになり、困惑と焦りを隠しきれていない。しかもその王族が鼻持ちならない愚図ではなく、どう見ても…もしかしたらリーダーよりも…有能らしいということで、党内はざわついている。幹部連中はその事態の収拾をつけるためにも、彼女が実際どれほどのものなのか、見極めようとしているようだった。

アンゼは臆さない。値踏みされることには慣れている。それに、革命党にどう思われようと、彼女にとっては何の価値も無かった。彼らはどんな理想を掲げようと、実際のところ法に反している犯罪者達だ。利用できるものは利用するが、この先ずっと重用するつもりは毛頭なかった。


ワーネイア国王は、王城の執務室でぐったりと机に伏していた。

「アリョーシカ、どうすればいい?ネヒティアがたおれた。どうしてだ、こんな…」

アリョーシカも悄然と首を横に振る。

「こんなことになろうとは…、ああ、グロチウス、なぜ…なぜ、ウイニアの人間なんかに…。」

「神は、神は何とおっしゃった?」

「…。退くことは、許されぬ。ただ、進め、と。」

極北の神は何も言わない。クスクスと、耳障りな笑い声だけが頭に響く。主神がお喜びであるということは、意に沿うているということの筈だが…、まさか同胞たる神の民をも、見捨てるというのか。アリョーシカは自身の末路を想像して震えた。



北の大森林はかなりの強行軍となった。強力な魔物が跋扈しており、ルドヴィークやモーチェスもアンゼ達と肩を並べて戦わざるを得なかった。ルドヴィークの得物は魔力を弾丸とする魔導短銃。モーチェスはとりあえずどんな武器でも無難に扱えるようだった。アンゼは彼らと敵対して戦わずに済んだことを神に感謝した。直接対峙していれば、こちらの戦力は大幅に削られてしまっていたことだろう。アンゼやクリウス、エミューナ、ソウと同じくらい強い。彼女はそう感じ取っていた。

北の大森林を抜けると、ワルグスタ大平原が広がっている。そこからはワーネイアの首都ワルグスタまでなんの障害もない。ワーネイア国王は、予想通りこちら側には戦力を充てていなかった。

ウイニア・革命党連合軍、もといクリウス・アンゼ軍は、そのまま城下町へと突入する。

「戻ってきましたね、アンゼ様。」

「こんな風な形になるとは思ってもいなかったけど。」

アンゼが返事をすると、エミューナは頷き、それから一行に向かって声を張り上げた。

「みなさん、お願い、です。できるだけ、できるだけ殺さないであげてください。勝手なことはわかっています。でも、ここはわたくし達の国…、できるだけ、できるだけ血に染めたくない。」

「……。」

アンゼは何も言わなかった。エミューナは無血開城を希望している。しかし、アンゼは父を討つつもりでいた。

突然の敵軍の出現に城内は混乱していたが、アンゼとエミューナの姿を認めると、何かを察したか諦めたかのように投降する者が多く、すんなりと執務室まで攻め進むことができた。

「この向こうに、お父様が…。お願いします、神様、どうかお父様がわかってくれますよう…」

エミューナが神に祈る姿を見て、アンゼは心を痛める。

(ごめんなさい。本当に。でも、これが一番の方法なの…)



「アンゼ、おまえ、エミューナも…」

国王が突入してきた軍の先頭を見て驚く。

「私たちを、どうするつもりですか?仮にも自らの国の…」

アリョーシカがロッドを構えて国王の隣に立つ。クリウスがアンゼの隣に立って首を振った。

「わかっているだろう?この方々はもうワーネイアの側ではないんだよ?君たちをうちとりに来た…」

「ちがいます、お父様、もうやめてください!目を、さましてください!あなたは、その女にだまされている。」

エミューナが駆け寄ろうとする。

アンゼはこれまでだ、と思った。

味方の全員に麻痺拘束パラライズの呪文を唱える。エミューナも、クリウスも、誰も動けなくなった。

「みんな、ちょっと介入しないで。ここは私のやりたいようにやらせてもらうわ。じゃまは、させない。」

そう言って、アンゼは国王とアリョーシカ、二人の方に歩みよる。

「アリョーシカ、あなたに言うことはありません。王様、あなたは…、この女の言うことをうのみにして、国を混乱させたのはあなたです。あなたのあやまちのせいで、ワーネイアの血がどれだけ流れたか…。もうこの国を、あなたにまかせるわけにはいきません。」

「アンゼ様?」

エミューナが声を絞り出す。

「あなたには、取るべき責任がある…、そして、私にもやるべきことがある。…死んでいただきます。」

「何を勝手に、作戦と違…」

「やめてくださいっ、アンゼ様、やめてっ!」

クリウスとエミューナが叫ぶ。アンゼは取り合わない。

王がゆっくりと抜剣する。

アンゼは北の大森林で鍛えた最上位全体炎魔法モタル・ヴォルカノをぶちかます。アリョーシカが王と自身に防御結界を貼るが、この炎魔法は対の魔法で打ち消さなければ追加効果が発動する。すなわち、場に発生する熱風だ。アリョーシカは呼吸を阻まれ詠唱行動不能となる。

王が炎を掻い潜り、アンゼに斬りかかる。しかしその剣は虚しく空を斬った。アンゼが幻影ミラージュを作成していたのだ。こんな基本の手に引っ掛かるなんて…、アンゼは悲しかった。この父が、もっと野に出て民と共に過ごす人ならば。魔物の討伐にも率先して参加するような英傑ならば。今の私のような流浪の経験を、一度でもしていたならば…。かくもたやすく騙されることなどなかったのだろう。アンゼは幻影向けて踏み込んできた父のうなじを一瞬眺め、最上位雷魔法ディアサンダーを落とした。父は呆気なく床に崩れ落ちた。同時に、アンゼの防御結界を氷魔法が破る。アリョーシカだ。アンゼは冷静にそれを炎魔法で打ち消し、ポーチからスクロールを二つ取り出した。風と雷、炎と相性のよい二属性の魔法がアリョーシカを追撃する。アリョーシカは倒れ込み、動かなくなった。

雷の麻痺から解放された父が、ゆっくりと面を上げる。

「…。どうやら、私がまちがっていたようだな、アンゼ、殺せ。おまえの手にかかるほうが、他のものにやられるより…」

エミューナがまだ父とアンゼの名を呼び続けている。しかし、その声よりも、かすれた父の声の方が、アンゼにははっきりと聞き取れた。

「あなたが正しいと思ってやったのだから、それは正しいのかもしれない。ただ、私が正しいと思ってやったことと違うだけです。」

「…殺せ。」

がっくりと父王がうなだれる。アンゼは自身の唇が震えていることに気付いた。次、自分が唱える呪文で、この人は死ぬ。

(私が決めたことよ。私が…。こうするのが正しいと私は思う、でも…)


そんな逡巡を、あざ笑うかのように、

父の首が、すとんと落ちて。


「うつくしくないな、人間は。」


アンゼの眼の前に、美しい男が現れた。

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