ルルグ訪問

アンゼとエミューナは新しい装備に着替えた。ウイニアは貿易大国、その王子が取り寄せた装備ともなると、急な設えだっただろうとはいえ、なるほど良いものが揃っている。

「どちらに向かわれるのですか、クリウス様?」

アンゼが改まって尋ねる。

「どうして突然態度が変わるのですか?」

クリウスは少し悲しそうな表情を浮かべた。

「敵国といえども王子様ですから。今までの非礼をお許しください。」

アンゼがそう言い軽く一礼すると、クリウスはああ、と愁眉を開いた。

「かまいませんよ…。ざっくばらんにいきましょう。気楽でいいですよ。」

「そういうのはなれてないですけど…。クリウス様もかしこまらないでください。」

おやおや、エミューナ様ったら随分信用しちゃって。アンゼは片眉を上げた。

「そうだよハニー。恥ずかしがらず、ダーリンって呼んでくれていいよ!」

物陰から突然おっさんが出てきた。

「まだいたの!?もうそのネタ終わり!やめ!ストーップ!!」

え?これ何、白昼夢!?

「もうっ、おしゃまさん♡」

おっさんが科を作る。

「わけわかんないから」

「お知りあいですか?」

エミューナが首を傾げる。

「関係ないです。」

「以後お見知りおきを。」

「帰れ!」

おっさんはウインクしながら部屋から出ていった。アンゼはどっと疲弊した。エミューナはそんな姉を心配そうに見ていたが、気を取り直して話を再開した。

「ま、まあそれはともかく…(誰かしら…)」

クリウスも眉を顰めていたが、エミューナが話を戻そうとしていたので忘れることにした。

「そうですね、うん。そうしよう。とりあえずは身分とかはあんまり考えないで…」

「はい。」

「そういうわけにはいけません。それに、慣れ合いはいやです。」

アンゼがきっぱりと首を横に振る。クリウスとエミューナは少し残念そうな顔をした。

「…。」

「エミューナ様、その方は敵国の王子。忘れてはだめよ。」

「…はい。」

エミューナは姉に従順に頷いた。

「(やりにくいなあ…)それではこれから北に進んで国境を越えます。ちゃんと話はつけてありますから。」

クリウスが使用人に扉を開けさせ、アンゼに手を差し伸べた。王子としての振る舞いを意識してのことだった。

「…では、参りましょう。」

アンゼは少し躊躇ったが、その手を取った。



ワーネイアとウイニアを繋ぐ街道は、石の道と呼ばれている。かつてワーネイアとウイニアとネヒティアが一つの大国だった頃、ワーネイアで採れた多くの宝石や鉱物がこの街道を南下したものだ。そういう重量物の取引にあまり陸路をとることが少なくなった今でも、美しい石畳の街道として、石の道という名は残っている。

石の道には森からもあぶれた弱い魔物しか出ない。アンゼ達にとっては金にも経験値にもなりはしなかったが、街道掃除だと思って端から討伐していった。

やがてウイニアとワーネイアを隔てる山脈にある峠の、ワーネイア側の国境検問所に到着した。

「僕だ。話をつけてあったと思うが」

クリウスが顔で押し通ろうとする。僕だ、だけじゃ流石に分からないでしょうに、とアンゼが呆れていると、警備兵の一人が前に出てきた。

「合言葉は…?『ニ次元大好き』」

クリウスはニヤリと返事する。

「『オタク万歳!』」

警備兵はそれを聞くと頷いた。

「よし、いいだろう。」

アンゼとエミューナは眉を顰めたが、聞かなかったことにした。


国境検問所をクリウスの評価が微妙に下がっただけで無事に通過し、エミューナは国境の峠の上から目の前に広がる平野を見渡した。

「戻って来ましたね…」

「ええ、ワーネイアよ。」

アンゼもエミューナの隣に立ち止まり、感慨深げに平野を眺める。平野の半分までせり出してきているのがラマン山脈とマルク山岳地帯、それらを抜けるとその向こうにワーネイアの城下町がある。街道を馬で飛ばせば一日程度で帰ることのできる距離だ。あまりにも、近い。城の中からでも民の顔を、酷政苛政を見落とすなどあり得ない、エミューナはそう思いたかった。

「わたくしは、よくわかりません。どうすればよいのか…。この方の言うとおりにすれば何か見つかるのか…、でもそれが本当なのか…。それとも…」

アンゼにはエミューナの悩みが手に取るように分かる。だからこそ、自分の足で歩む必要があるのだと彼女は考えていた。アンゼはエミューナの手を取った。

「私にもわからない。でも、私はまだ帰りたくないし、それに、この国がどうなってるか知らないといけないから。」

「そうですね。…わたくしは、なんにも知りません…」

エミューナは姉に頷いた。

「おーい、早く来てくださいよー。」

クリウスが先の方から振り返り、二人に声を掛ける。

「…。はい。」

エミューナは意を決して再び歩き出した。


「着きましたよ。ルルグです。」

クリウスが二人を連れてきたのは、ワーネイアによくありそうな山岳部の田舎町。しかし、山肌の色はワーネイア北部でよく見られる灰色ではなく、茶褐色をしていた。

「うわぁ、すごい。色が違いますねえ!」

エミューナがまずそこに驚く。クリウスが笑顔でエミューナに声を掛ける。

「鉱山ははじめて見るのですか。」

「はい。母の話で、少しは聞いたことがありますが。」

「ふうん。そうなの…」

アンゼがエミューナの顔を横目で見る。母の話題を出してしまったことに気付いたエミューナは、慌てて打ち消す。

「え、いえ、別にそんな深い意味はありません。えっと、ここは…」

「ワーネイア南部の町、ルルグよ。異教徒の血が混じった土地、と言われてるわ。」

へえ、とクリウスが声を上げる。

「よくご存知ですね。僕はちょっと人と会います。その間町を見て回ってはどうですか?」

「はい。わかりました。」

エミューナは頷いた。アンゼはクリウスに懐疑的な表情を見せた。

「ワーネイアの本当の姿がここに?」

「…すぐにわかります、よ。」

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