ルルグ鉱山
アンゼとエミューナは警戒されないよう慎重に、町の噂に耳を傾けていた。鉱山の奥で鉱夫がよく行方不明になるという話、重税で大変だという話の二つで持ちっきりだった。
「大変だよ。今度はエマさんとこの旦那さんが帰ってこないんだって。」
「またかね。今月だけでいったい何人目だい。」
「四人目だよ。エマさんのお子さんなんてまだ小さいのに…。しかも今上の子は病気してるし…。」
「やっぱりあいつにやられたんだ…」
「あいつ…?」
アンゼはふと足を止めた。話好きそうな男が目ざとくアンゼに声を掛ける。
「お嬢さんたち、知らないのかい?鉱山の奥に何だか分からないけど凶暴な動物が住みついてるらしいんだよ。この鉱山は深く入れば入るほど貴重な石が多いんだ。だから…。危険だと分かってても、実際、行かなけりゃしょうがないんだな。皆、家族を養わなくちゃなんねえ。」
「だから被害が増える一方で…」
「どうして国王様に解決を依頼しないのですか?」
エミューナが首を傾げた。年かさの女が呆れたようにエミューナをしげしげと眺める。
「そんなことできるわけない…、いや、あんた達には関係ないことだ。うん、かかわらないでくれ。」
「でも…」
エミューナは食い下がる。しかし、町人達は警戒してしまったようだった。
「あんた達、まさかここを調べてるんじゃないだろうね」
アンゼは困り顔で首を横に振った。
「ちがいますよ。そんなの、こんな小娘が無防備にやるはずないわ。」
「そうかねえ」
その後、アンゼとエミューナが立ち去るまで、彼らは今年の税金をどう捻出するかの話に切り替えてしまったようだった。
一通り村を見て回り、鉱山に足を向ける。入り口と思しき場所で、警備の男二人と女性が一人、言い争っていた。
「やめな、エマさん。そりゃ無念かもしれないが…」
「子供達もいるんだ。旦那さんがいなくなってエマさんまで死んじゃったら…」
「あんた一人でなんとかなる相手じゃないんだよ。」
口々に女を制止する警備の男達。女は棍棒を掴んだまま動こうとしない。
「仇を討たないと気がすまないんだよ!」
「絶対ここは通せないよ!」
「お願いだから!」
鉱山の奥に住みついた凶暴な動物、の話だろうか。エミューナは躊躇いがちにエマと呼ばれていた女に声を掛けた。
「えっと…、その」
「何だい?」
エマが振り向いた。まだ若い。アンゼと同い年くらいだろうか。旦那…上の子…アンゼは年齢のことは考えないようにした。
「わたくしたち何かお手伝いできませんか?」
踏み出したエミューナを、警備の男達が訝しげに見遣る。
「おまえ達一体誰だい?見ない顔だな」
「名乗るほどではありません。」
アンゼが肩を竦めた。エマは力無く首を横に振る。
「そんな、他人には頼めないよ。」
「それによその者を山には入れられない。」
警備の男達も険しい表情だ。
「この鉱山の中に何かヒミツでもあるの?」
「よそ者には関係ないことだね。」
「でも、このままだったらもっとたくさんの人が…」
エミューナが説得しようと言葉を重ねかけた時、背後から声がした。
「そうだね。でも奥さんが一人で行くのは危険すぎる。」
「あら…。」
アンゼは振り返った。臙脂色の軍服が目に入る。
「クリウス様!」
警備の男達が慌てて頭を下げた。この男、中々顔が広いらしい。しかし敵国の王子だということはどの程度知られているのだろうか。革命党幹部としか名乗っていないのかもしれない。
「この鉱山の責任者に許可をもらった。僕が中をしらべさせてもらうことになったんだが。」
クリウスが警備の男達に人当たりのいい笑顔で声を掛ける。
「そうですか。…それならば…。しかし山のことは…」
男達は尚も思案顔だ。
「わかっている。けっして口外しないよ。あと、この二人にも応援をたのんでいいかな。」
「私達?」
アンゼは驚いた。確かに行方不明者のこともあるし、何より中にどんな秘密があるのか、気になってはいたが。
「しかし…」
男達は不安そうだが、クリウスに対してそれ以上反論するつもりはないようだった。
「大丈夫、僕が保証する。この人達は僕の連れなんだ。」
「あたしも行くよ!夫の仇…」
エマがクリウスにアピールする。しかしクリウスはエマをなだめた。
「エマさんは子供さんもいるし…」
「悪いことは言わないよ。やめときな。」
警備の男達もエマに関してはうんと言わない。
「でも…」
エマは不服そうにアンゼとエミューナを見た。確かにエマよりは戦闘に適した服装をしているが。
「では、そうと決まれば行きますよ。準備はいいですか。」
クリウスがアンゼとエミューナに声を掛ける。アンゼは特に気構えせずに頷いた。
「構わないわよ。」
「くれぐれも気をつけてくださいね。」
お忍びとはいえ、こんな所で王女を喪うわけにはいかない。クリウスは二人に念押しして、坑道に入っていく。
「……。」
後に残されたエマは、悔しそうに三人の後ろ姿を見ていた。
「どういう風の吹き回しですか?」
アンゼがクリウスに問う。
「別に。犠牲が増えてはいけませんから。本当に、皆さん困っているんですから、誰か何とかしないと。」
「流石クリウス様、考えることが違いますね。やっぱり人の心を掴みたいなら、自分から率先していかないといけませんものね。」
「…結構失礼ですよ。」
「性格が悪いとよく言われます。」
「…。」
「でも、本当に誰かが何とかしないといけませんよね。自分の国だし、悲しむ人が増えるのはいやです。」
エミューナが最後尾で頷く。クリウスが少し嬉しそうに振り向いた。
「でしょう?(あ、ちょっとオナラ出ちゃった)」
アンゼは小さく頷き、首を傾げた。
「まあ、ねえ。…(しかし、町の人達の態度といい…)この鉱山、におうわ。」
「(やばい…僕が今オナラをしたのがバレたのか?まさか…。でも、ここで否定すると逆に疑われる。よし)そうですね。すごい臭いだ。でもこれはガスっていうよりむしろあの、そう鉱石から何か出たんですよ。だからあんまり関係ないですって。」
「はい?鉱石から何ですか?ガス?」
今度はエミューナが首を傾げる。クリウスは完全に立ち止まって真顔で再度振り向いた。
「(動揺してはいけない…)あの、だから、そのね、アンモニアとか…うん、出るかもしれない。」
「そんな鉱石聞いたことないですが。すごい臭いっていうか…」
アンゼはわざとらしく溜息をついた。
「じゃあ、アンモニアじゃないかも。(くそう、こうなったら責任転嫁だ。)ハハーン、打ち消すところが怪しいですね。さてはどちらかが…おっと、レディにこういう話はいけません。まったく、一国の王子ともあろうものが…。」
「行きましょ、エミューナ様」
「はい。」
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