秘された異教
鉱山は拍子抜けにも、特に強い魔物もおらずどんどん奥に続いていく。あまりに複雑なので、マッピングを兼ねてクリウス一人で動くことも多かった。そんな彼がある地点で鍵の掛かった扉を見つけた。パスワードを入力するタイプの魔法鍵のようだ。
「パスワード…?聞いてないなぁ…」
「分からないわ…」
「う~ん…」
アンゼとエミューナも辺りを捜索するが、手掛かりらしきものは見当たらない。アンゼはそっと扉を撫でた。
「しかし何でこんな扉…」
彼女の言葉に返答があった。
「山を荒らされないためだよ。」
「エマさん!?」
「あたしなら分かるよ。そのパスワード。それにそこから先はトラップがいっぱいあるからね。ちゃんとした鉱夫でないと分かんないよ。」
「それも、山を荒らされないために?」
アンゼは訝しげにエマに問うた。
「そうさ。でも、あたしのお父ちゃんは村一の鉱夫で、あたしも何度も付いて来たことがあるから。あたしにまかせな。それに、けんかなら村で一番強かったんだよ。」
クリウスは結局エマも来てしまったかと溜息をついた。
「まあ、しょうがないかな。通れないとどうしようもないし…」
「そうですねえ」
「まあ、何とかなるでしょ。私達がいれば。」
「…といっても、記憶があいまいなところもちらほら…」
「…。いいでしょう。この方々は僕のつれで、アンジェリカさんとエミリオさん。」
「了解!パスワードはたしか片仮名で『ヲタクバンザイ』」
「マジでか!?」
アンゼは思わず声を上げていた。
そこから先はエマが先導を始めた。魔物の強さは大して変わらなかったが、トラップや見えない床などはエマが教えてくれないと見逃しそうなものも幾つかあった。
ある扉の前で、エマは一同を振り返った。
「…約束してくれないかい?これから先で見たもの、誰にも言わないって。神官にも、誰にも。」
「はい。必ず。」
クリウスが即座に頷く。
「分かった。…(…気になるわね)」
アンゼも同意したが、その分しっかり記憶するつもりでいた。エミューナも頷き、不安そうにスカートを握る。
「何があるのでしょう…」
通路が開けた先には大きな空洞があり、そこに古い神殿のような建物が聳えていた。
「うわあ、すごい。これは…遺跡?」
エミューナが最後尾で立ち止まり、神殿を見上げる。
「これは…礼拝の場所ね。異教の者の。古代教かしら。」
アンゼは腕組みをして神殿を観察している。クリウスは建物に近づき、崩れなど危険な箇所がないか確かめる。
「保存状況もいいね。」
「これが、隠したかった物なのね。」
「ここの人達は、異教を信じているのですか?」
エミューナが純粋な疑問を投げかけると、エマは慌てて否定した。
「違うよ!この村の人達はみんな極北の神様を信じて、その教えに従っているよ。」
「そうね。どの資料を見てもそうなっているわ。これは、かつて異教の人達…この村の人々のご先祖様が作ったものよ。異教はいつしか廃れていった…」
アンゼはルルグについて持つ知識を思い出していた。
「異教徒狩りがあったからね。…この遺跡はずっとご先祖様から守ってきた、大切なものなんだよ。ぜったいに異教のものだと言って、壊されちゃだめなのさ。」
「そんなこと、されない、はず…」
エミューナは否定しようとしたが、断言は出来なかった。
「それに、これを大事にしていることが国にばれたら、また異教徒狩りにこの村へ神官がやってくる。何の罪もない人間を引っぱって行くんだよ。」
「うそ、そんな…」
「本当だよ。二十年ほど前にだって神官が来て、お父ちゃんの一番下の弟とかたくさん連れて行かれたんだよ」
「ひどい…」
やはり、父が圧政を。エミューナは心を痛めた。
「アリョーシカはバカだから、これを見たら何するか分からないわね…」
アンゼは小さく溜息をついた。エマが悲しそうに首を振る。
「罪の無い人を殺していいなんて、神様は言ってないよ…」
「二十年前の大がかりな異教徒狩りを指揮したのは、当時ワーネイアの神官長に就任したばかりのアリョーシカ・スケルツァンドです。異教徒撲滅をあげ、ここにも火の粉が飛んだのでしょう。無知な人間の進言によって。公式の記録から、これは消されていますが。」
隣国の王子クリウスが、二人の王女よりも余程詳しく解説した。やはりアリョーシカか。アンゼは眉を顰めた。
「バカな女。それだけで、何とかなるとでも思ったのかしら。」
「知らなかった…」
「さて、もうすぐ、皆が行方不明になっている地点です。気を引き締めてください。」
クリウスが声を掛けて、一行は神殿を後にした。
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