ウイニアの王子
二人の王女は、今度こそ何の枷も無く、座り心地のいい馬車に乗せられて、海の見える美しい館に案内された。館の使用人達の反応からして、クリウスの自宅、もしくは別邸といったところだろう。知らない男の家に上がり込むのは上策とは言えないが、アンゼもエミューナも、多少の狼藉には対処できる自信があったため気にしなかった。
出された紅茶を一口飲んで、エミューナがクリウスに微笑む。
「さっきはありがとうございます。すごい混乱してるとき
でしたので…。えっと…、今もちょっと混乱してるんです
けど…」
「ええ、どうもありがとうございます。」
アンゼの礼は素っ気ない。クリウスは意に介さず、二人の対面で自分も紅茶を飲んでくつろいでいた。
「いえいえ。まあ今までさぞかし大変だったでしょう。どうかくつろいでください。」
エミューナがふと窓の外の海を見て、クリウスと話を続けようとする。
「あ、ここ…ウイニアですよね?捕まってどうしようかと思ってて…。敵国だからやっぱり恐くて…。でも、やさしい人がいて良かったです。あの…」
「知ってるんでしょう?」
アンゼは目を閉じながらティーカップを皿に置いた。
「はい?」
クリウスが笑顔のまま聞き返す。アンゼは瞼を開き、クリウスを睨めつける。
「私たちが誰で、どうしてここにいて、ワーネイアが今どうなっているかも、全部知ってるんでしょう?私の知らないことまで、知ってるんでしょう?だから、連れてきたんでしょう?」
「アンゼ様、失礼では…」
エミューナが場の空気に耐えられずアンゼに意見する。
「かまいません、その通りですから。あなたがたは、ワーネイアの王女様でしょう?エミューナ様」
クリウスは笑顔を崩さない。最早否定も無意味かと悟ったエミューナは小さく頷いた。
「はい…。」
「神官を傷つけて城をとびだしたお姫様で、追われているかもしれない、違いますか?アンゼ様?」
「はいはい、そうですよ。」
本当に情報の早いことで。アンゼは溜息を隠さなかった。
「あの、どうしてわたくしたちはウイニアにいるのですか?いえ…えっと…、わたくしたちを誘拐してきた人たちはどうして、どうやってここに?」
「ウイニアはワーネイアの人間の入国をほとんど許可しないでしょう?」
クリウスは笑顔のままだったが、その目に鋭さを見せた。
「簡単なことです。両国の国境警備兵にお金を渡せばいい。それに、ウイニアの兵は革命党に甘い…。」
アンゼとしては、革命党という存在自体虫唾が走るものだ。しかも今はその幹部と思しき人物に大きい顔をされている。自分の身元が割れている以上、不愉快を隠す気もなかった。
「ああ、そう…。結構なことね。で、その革命党の方はどうしてこちらに?」
「ウイニアには、革命党の拠点のひとつがあります。我々が協力しているところですが…、そこにあなたたちを拉致して、ワーネイアをゆすろうとでもしたかったのでしょう。
…まったく申し訳ない。こんな手荒なまねをする気はなかったのです。どうかお許しください。」
クリウスは真剣な顔付きになり、二人に頭を下げた。
「ふーん。…あんた、一体何者?話つかめないわ、でないと。ウイニアの人間のくせに、どうして革命党に協力するわけ?関係ないでしょう?」
アンゼはそう言いつつも、地続きに敵対している隣国が革命の動きに乗らない訳がないとも理解していた。ただ、彼が彼女の利となるのか、害となるのかを知りたかったのだ。
「関係はあります。…私は、ウイニアの王子です。今のワーネイアを何とかして、再び国交を結びたい。しかし、ワーネイアの状態は大変なものです。それを何とかしたかったのです。」
「王子?!ウイニアの?!」
エミューナは驚きの声を上げた。確か、ウイニアには三人の王子がいる。一番下の王子はまだ十歳、中の王子は十八歳、上の王子は二十六歳だったか。エミューナが年齢だけを覚えていたのは、そちらとも縁談が上がる可能性があったからだった。
「…そう。本当は何がほしいのですか?私たちの首、それともワーネイア?」
アンゼは覚悟していたが、これ程の大物が出てくるならば、自分達が無事に帰されることはないと改めて腹を括った。しかしクリウスは意外にも首を横に振った。
「違います!これはワーネイアのためです。そして後々にはウイニアのためにもなる。」
「あの、…ワーネイアはそんなにひどいのですか。わたくしは何も知りません。お父様は間違った政治をしているのですか?国民をしいたげているのですか?教えてください。」
エミューナは彼女なりに必死だった。父のことは信じたいが、国民を無視するのは違うと思う。父にも見えていない真実があるなら、自分が見て父を助けなくてはならない。
「…いいえ、あなたのお父様は悪くない。だまされているのです…、私の父と同様に。あなたたちに、ワーネイアの本当の姿を見せたい。お城の方へはうまく伝わるようにします。いっしょに、来てくれますか?」
クリウスが手を鳴らすと、メイド達が女物の戦士装備と魔術師装備を何着も運び込んできた。彼は暗に、彼女達の覚悟を問うていた。野に下りて、土埃にまみれて、民と同じものを見るつもりはあるか、と。
「ということは、姫は無事なのか?」
ワーネイア国王は若き将軍に確認する。金髪の青年は真摯な顔で頷いた。
「はい。私の友人が保護しています。」
「そうか。フィーアールには迷惑をかけたな。気ままな娘だが、愛想をつかさんでやってくれ。」
「いえいえ、アンゼ様は私とつりあわぬほどすばらしいお嬢様です。」
ニコリともせずにフィーアールは答える。
「ははは、そう謙遜せんでよい。よし、それでは二人のもとに使いを送るか。」
国王が機嫌良く近侍を呼ぼうとすると、フィーアールは顔を上げた。
「…いえ。そのことについて少し。」
「何だ?」
「今がチャンスだと思うのです。二人をあえてよび戻さず、準備をするのです。」
「ウイニアか。」
国王はフィーアールの意図を察し、難しい顔をした。
「はい。きっと姫様は反対します。だから」
「しかし…」
国王が渋っていると、神官長アリョーシカが一歩前に出た。
「私もそれに賛成です。アンゼ様もエミューナ様も…、特にエミューナ様は国の情勢をよく知りません。今のワーネイアをなんとかするには戦うしかないと聞いてもけっして納得しないでしょう。」
「そうか、アリョーシカがそういうなら…フィーアールよ、おまえの友というのは信頼できるのか?」
フィーアールはニヤリと笑った。
「はい。私の唯一無二の親友です。」
「よし。お前のことばにかけよう。」
国王は頷き、両王女不在での開戦の流れを脳内で組み立て始めた。アリョーシカがややあって声を掛ける。
「ところで、アンゼ様ですが、神にうかがいましたら…」
「おお、なんとおっしゃられた?」
「…『すべて許せ』と。」
国王はそれを聞き、静かに神に祈りを捧げた。
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