ワーネイアの国王

その頃、ワーネイア国王は漸く事態の報告を受け、近衛隊長に激怒した。

「どういうことだ!大事な姫が二人とも城から出ていくとは!何のために警備をしている!」

「しかし国王様たちがネヒティアにいくので多くの兵がそちらに回りましたし、なにしろ姫君おふたりについては、国民もほとんど知りません。そこに我々が動くと国が混乱すると思い…」

近衛隊長は跪きながら、苦しい申し開きをした。

「なぜそこをうまくやらないのだ!!こんなことがネヒティアに知られでもしたら…」

「しかし、リナレス様のこともありますし…」

「…そのことだ。アリョーシカに何と言えばいいか…」

「失礼致します。」

低めの女性の声が謁見の間の入り口から聞こえ、黒髪黒目の淑やかな女性が姿を見せた。神官服は彼女のものだけアレンジされ、鎖骨から胸元にかけて素肌が露出している。しかしそれを咎められる者はいない。何故なら彼女こそがワーネイアの神官長、アリョーシカ・スケルツァンドその人であるからだ。

「神官長様!」

近衛隊長が声を掛ける。国王は彼女と分かると少し顔に威厳を持たせて、近衛達に指示した。

「よし、おまえたちは席を外せ。アリョーシカと二人で話がしたい。」

「はい。」

近衛達が下がってしまったのを確認し、国王は玉座からアリョーシカに対し頭を下げた。

「すまぬ。娘がとんでもないことを…。どう詫びればよいか…」

アリョーシカは国王に優しく微笑み、ゆっくりかぶりを振った。

「リナレスの方はおちついてきています。エミューナ様はなにもしていない、アンゼ様だけだそうです。」

国王はその微笑みを確認し、少し気分が軽くなるのを感じた。しかし、やはり上の娘が犯した罪はこの国において許されることではない。

「そうか…。本当にすまない。神官に刃を向けるなど、そんな罪を犯すとは…。私とそなたでどれだけ神の教えを説いたかわからぬほどだったのが…。」

アリョーシカは愁眉を国王に向け、彼をドキリとさせた。

「しかし、リナレスにも非があります。お二人が出ていこうとしているのを知りながら、私にも国王様にも報告しなかったのですから。」

「どうしてだ?」

「リナレスは、アンゼ様を妬んでいたようです。理由は話そうとしませんが。それで、自分でアンゼ様を止めたかったと言っていました。鼻を明かしてやりたかったと。」

アリョーシカは頬に手を当てて溜息をついた。次期ワーネイア神官長として目を掛けていたリナレスの暴挙。次期ワーネイア国王であるアンゼとの確執。国王と彼女、二人にとって共通の、頭の痛くなる悩みだった。

「二人は同期だからな…。アンゼは頭がいいが、敵を作りやすい。私にもあいつが何を考えているかは分からん時が多い…。あの母と扱いにくいところだけは似ておるわ。」

アンゼの母エルゼアも、第二王女が生まれてからは田舎に引き篭もり音沙汰が無い。アンゼは聡明で視野が広く国を重んじる部分は正しく自分に似たが、気分屋で怒りっぽいところは母親に似てしまった、と彼は考えていた。アンゼが聞いたらお父様に似ることが出来て光栄です、と言いながら内心鼻で笑ったことだろうが。

「ところで、このことについてお話があるのですが…。」

アリョーシカが話を切り出しかけたところに、外から声が掛かった。

「失礼します。よろしいでしょうか。」

凛々しい男の声がし、謁見の間の入り口に、輝く短い金髪に日に焼けた肌、青い瞳の偉丈夫が現れた。若くして国王の懐刀となった、アンゼの婚約者にして海軍大将、フィーアール・ラディウスだ。

「フィーアールか、少し待ってくれ。今大事な話なのだ。」

国王が片手でフィーアールを制すると、アリョーシカは国王に軽く首を振り、一歩下がって彼に微笑んだ。

「いえ、かまいません。どうぞいらっしゃい。」

フィーアールは一礼すると、毅然と国王の御前に進むのだった。


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