密入国者の取り調べ
「口ほどにもないわねえ。」
アンゼとエミューナは御者席に二人で座り、暫く空になった馬車を街道沿いに走らせた。徒歩では追いつけまい。何も手出しをするまでもなかったアンゼが彼等を鼻で笑った。エミューナも頷く。
「それに、あの方はいったい誰でしょう。政治的な交渉と言っていましたが…。」
「うーん、私達の顔を知ってるということは、ただの人ではなさそうね。あの女の振りからすると…『革命党』というやつかしら。」
「しかし…あのような弱さで、国を変えようというのでしょうか。」
「いや、お父様があれだけ隠している私たちの顔を知っているというのだから、ドンはけっこうな人物ね」
自分達の人相書でも出回っているのだろうか。アンゼは顔を顰めた。
「あと、ここはどこでしょうか。」
エミューナが辺りを見回す。看板ひとつ立っていないが、街道の先には関所が見える。まだ姫が抜け出したことはここまで伝わってはいないだろう。道くらい教えてもらえるだろうか。
「わかりません。少し様子を見るわよ。」
アンゼは慎重に馬車を関所に向かわせた。
関所の兵はアンゼ達の馬車を止めると、険しい顔で誰何してきた。
「おまえたち、何者だ」
「入国証を見せろ」
「え、今は持って…」
「どうやって国境を越えた?」
「国境?」
アンゼは思わず聞き返した。ということは、ここはワーネイアではないのか?
「とらえろ、ワーネイアからの密入国者だ!」
兵がわらわらと詰所から出てくる。流石に二人で抵抗するには数が多い。
「どうやってこっちに渡ったか知らんが、まぬけな奴らだ。」
最初に声を掛けてきた兵が馬車に貼ってあるワーネイアの国章を叩いて鼻で笑う。
「最近こういう奴らは後をたたんからな。警備をきびしくしていたのを知らずに、みごとにかかったというわけだ。」
「ほら、来い」
二人は今度は縄ではなく手錠をつけられ、引っ立てられて鉄の馬車に移された。そのまま移送され、見知らぬ土地を更に進み、やがて見えてきた堅牢な砦の地下牢に入れられる。
「アンゼ様…、あそこは、どこだったのでしょうか」
兵が去ると、エミューナは慎重に口を開いた。アンゼは手錠をされたまま、ふむ、と口元に手を当てて考えた。
「ワーネイアととなりあっていて、密入国者が多い…地理的にみてウイニアの国境あたりでしょうか」
「ということは…わたくしたちは敵国に?!」
エミューナはショックを受けているようだったが、アンゼが考えていたのはそういうことではなかった。
(密入国者が後をたたない…知らなかった。そんなにもワーネイアは…でも、どうして?)
「お姉様?」
アンゼが難しい顔をしているので、エミューナは心配そうにアンゼを覗き込んだ。
「さあ来い、取り調べだ。」
やがて、兵がアンゼ達のいる地下牢に降りてきた。
「取り調べ?わたくしたちはどうなるのですか?」
エミューナはドキッとした。こんなことで国際問題になるのはマズい。
「身元確認の上、本国へ送還だ。ほら、早く!」
「はい…」
(密入国者の件、国に連絡が入らないはずはない。いつの間に?お父様が話さなかっただけ?)
アンゼは素直に従いながら、国の現状について尚も考えていた。
兵が鉄格子を開け、二人を取り調べ室に移動させる。取り調べ室には推測通り、ワーネイアの隣国にして敵国であるウイニアの国旗が飾られていた。
聴取机の前に、二人並んで座らされる。
「で、お前たち名前は?」
聴取担当の兵がアンゼとエミューナに声を掛けた。
「お姉様…」
エミューナがどうしようかとアンゼの顔を見る。
「……。」
「えっと…」
「アンジェリカ=ナカムラです。」
アンゼがすっと顔を上げ、堂々と偽名を名乗った。
「ナカムラ?」
兵が片眉を上げる。
「あ…エミリオ=ナカムラ?です。」
エミューナも調子を合わせる。
「じゃあ父親は?(どうせカンクロウ=ナカムラとか言うんだろう。見えすいたウソだ)」
兵はその手の話題に強かった。アンゼは全く動じずに対応する。
「ガンジロウ=ナカムラです。」
「そうか。(くそう、マニアックな…)」
読みが外れ、兵はこっそり歯噛みした。
「年齢は?」
「永遠の十七歳。」
「うそもほどほどにな。まあ、ワーネイアは圧政で大変だから、言いたくない気持ちは分からんでもないが。しかしなあ…」
「圧政?!」
エミューナが思わず驚きの声を上げる。あの普段温厚な父が圧政を布いているなんて信じられなかった。
「そうだろう?ま、密入国もしょうがないといえばそうだが。…しかしあんたらはその割にいい身なりしてるな。」
兵はアンゼとエミューナを値踏みするように観察した。確かに、変装などはしていなかったので、外套の下は二人とも旅装用の身軽なドレスである。お貴族様の気楽な旅行のように見えるだろう。
(…そこまで事態が真刻とは…。思いのほか、これはややこしくなるわ)
アンゼは想像以上の国情に、今このタイミングでの脱出が正しかったのかどうなのか、自信が無くなっていた。しかしあのまま城の中にいては知ることすらなく終わっていたということだけは確かだ。
嘘をつけないエミューナは、アンゼが黙り込んでしまったので焦った。
「お姉様、お柿様…」
「いや、字間違ってるし…。」
「お杮様!!」
「開き直っちゃったよ…。」
アンゼはツッコミ役として強引に現実に引き戻された。ワザとだとしたら中々妹も腕を上げてきたなと思う。
「さあ、早く言っちまいな。それにあんたらみたいなきれいな嬢ちゃんなら国に戻っても何とかなるって」
「…しかし…」
「ちょっといいかな?」
扉の外で男の声がする。
「だれだ?」
「お話があるので。」
外の兵が開けたようで、中に青年が入って来た。青みがかった緑の目と髪に、一房金の横メッシュが混じっている。仕立ての良いウイニアブルーのマントと臙脂色の軍服を着ており、軍靴には泥一つ付いていない。高位貴族の青年将校かと思えた。
「…クリウス様?!どうしてこんなところへ?」
聴取担当の兵が慌てて立ち上がり敬礼をする。
「そこのおふたりとお話がしたい。」
「…だれ、あなた。」
青年に微笑みを向けられたアンゼは怪訝そうな顔をする。
「知らないのか?この方はウイニアの」
「かまわない。私はクリウスというものです。あなたがたのお名前は?」
「…アンジェリカです。」「エミリオです。」
「そうですか。それでは、少しいっしょに来てもらえますか。」
「しかしクリウス様、二人は密入国者」
「わかっているさ。そのことなんだが、今回これは無かったことにできないか?」
「なかったことというと?」
戸惑う兵に、クリウスは少し眉を顰めて考えながら説明する。
「そうだな…うん、二人は私の客人だ。それ相応の手続きを踏んで入国した。これでいいだろう。入国者をみんなチェックするわけでもない。だろう?」
「は、はあ。しかし…」
「ちょっと来てくれ…」
クリウスは兵を取り調べ室の隅に呼び立てた。
「こっちの人には話はつけてある。安心してくれ。あと、このことは決して口外しないでもらいたい。…受け取ってくれ。」
小声で兵に賄賂を渡す。
「ええ…しかし…」
「気にしなくていい。あと、だれにも報告しないんだよ?」
「わかりました。」
「ならよかった。」
クリウスは笑顔で頷き、アンゼとエミューナの方に向き直った。
「それでは、来てもらえますか?」
「そうね、ここにいてもどうしようもない。行きましょう。」
「はい。」
姉が決心したならば、エミューナは従うのみだった。
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