思わぬ遠出

「お姉様、起きてください!」

エミューナの声が聞こえる。

「うーん、うーん」

「アンゼ様!」

呼ばれて気付く。今までのは、夢か。

「はっ…ごめん、悪い夢見てた」

どんな、と聞かれると答えづらいのだけれど。

「それよりも…、何か近付いてくる気配がします。」

エミューナは真剣な顔でアンゼに報告する。アンゼの頭は一気に覚醒した。

「まさかもう追手が?」

声を潜める。エミューナは首を振った。

「わかりません…。」


いきなり部屋の扉のカギが開けられ、四人の男女が押し入ってきた。

「おとなしくしてもらおうか。あんたたちが誰かは分かってるんだ。」

力自慢らしき男が剣を抜いて二人を脅す。

「何を言ってるんですか?私たちはただの旅の者です。」

アンゼは怖がっているフリをしてか細い声で反論した。

「吞気なお嬢さんだ。変装もせずに身元が割れないとでも思ってるのか。」

他の男が口を挟む。身なりはゴロツキのようだが…どういう立場の輩だろうか。

「そうですよね。アンゼ様、エミューナ様。」

女が前に出てくる。その声にエミューナは聞き覚えがあった。

「あなた、あのメイドさん!」

「うわっ、化粧ケバイなー。」

「しっ、アンゼ様!」

「昼は健気な純真メイド…夜は」

「何言ってるんですか?」

「いや、服がありがちな露出系だから。」

何でありがちなんですか?とエミューナは聞きかけたが、メイドは鞭をしならせて視線を集めた。

「貴女方、自分の立場がわかってないようね。」

「肉はみ出してるわよー。」

「ぷっ。」

「ククク…。」

男達が噴き出す。メイドは目尻を吊り上がらせてまた鞭を鳴らした。

「…。とりあえず、あなたたち、ちょっと来てもらいましょう。」

「おとなしくしないとどうなるか分かるな?」

エミューナは小声でアンゼに声を掛ける。

「お姉様、この方達、城からではありませんね。」

「ええ、素人っぽいわ。…でも、さわいで人が来たら困るわ。おとなしくついていって、場所を見て逃げましょう。」

「…ですが、逃げる前に少し。だっていきなり部屋に入ってくるのは失礼です!」

「叩かないと気がすまない?…ま、いいわ。」

アンゼはエミューナにだけ見えるように片頬で笑みを浮かべ、巧妙に不安げな顔を作ってメイドの方に向き直った。

「私たちをつれていってどうする気ですか?」

「政治的な交渉よ。お姫様方には分からないような。」

「さあ、どうする?今すぐ貴女方を消してもいいが。」

剣を抜いている男が決断を迫る。アンゼは声を震わせるってどうやるんだっけ、と思いながら静かに返答した。

「…わかりました。おとなしくしますから命だけは…」

「さすがお姫様方、なかなかかしこい選択ですな。」

今まで黙っていた最年長らしき男が得たりと頷く。

(ばーか。)

揃いも揃ってこんな演技に騙されて。リナレスが見たら憤死するだろう。

「連れていけ!」

「はいっ」

アンゼとエミューナはこうして引っ立てられ、目隠しを結ばれ縄で縛られて幌馬車に載せられた。



長いこと幌馬車は止まらず、二人が田舎の寂れた停車場で目隠しを外され飲み水を与えられた時には、もう日は高く昇っていた。もしかすると半日、いやそれ以上の時間が過ぎたかもしれない。

「どこに向かってるかわかる?」

アンゼは隣の妹に尋ねた。馬の経験は彼女の方が上だ。移動に対する勘も鋭いかと考えてのことだった。

「いえ、目かくしの時間が長かったので…」

エミューナは残念そうに首を振り、周囲を見渡す。水差しを片付けにメイドが離れ、馬車の中には誰も残っていない。

「…そろそろ、やりますか?」

エミューナは腕力で縄を引きちぎった。

「すごいわねー、やっぱり。私のもお願い。」

「はい」

アンゼの縄をエミューナはまるで花でも手折るかのようにちぎる。アンゼは結び目が後ろにあって良かったと思った。目の前でその芸当をされると多分暫く妹と目を合わせられなくなりそうだった。

「…良いわね、力があるって。」

「これくらいのヒモならお姉様にもできますよ。それに…、魔法で焼き切ってもいいのでは。」

「うーん、ちょと太いかな…。それに、燃やしたら私が火傷するわ。」

「そうですわね。」

魔法は私には分からないですから差し出がましかったですね、とエミューナは反省した。


馬車にはアンゼとエミューナの私物も載せられていた。典礼用の大剣など、価値が分からないだけでなく、下手に流出させると足がついてしまうからだろう。二人は再武装し、脱出の準備を整えた。

「それじゃあ、そこの壁をこわしましょうか。お願いね。」

「またわたくしですか…」

「私、非力だから。」

「それでは。下がっていてください。」

この外にはあのメイドや男達がいるだろう。不意を突くのだ、負けるとは思わないが、やはり人を斬るのには心構えが必要だ。エミューナは気持ちを切り替えた。

「そんなおっきな剣ぶつけないでよ。死んじゃうわ」

アンゼは呑気に揶揄う。エミューナは気にせず、ひと呼吸で壁を切り破った。

「うわっ、何だ!!」

「あ…、お前たち、縄でしばっといたはずなのに。」

馬車の近くにいた男達が慌てる。

「待ちなさい!逃がさないわ!」

停車場からメイドが飛び出して来た。アンゼが冷たい目で彼等に杖を突き付ける。

「おとなしくしたら、命は助けてあげるわよ。」

「こっちのセリフだ!!」

男達は剣を抜いた。エミューナは据わった目で彼等を睨む。

「…あまりバカにしないでくださいね。」


エミューナが剣を前に低く構えて突撃する。受け止められると思ったか、大男が正面から剣を繰り出してそのまま吹っ飛ばされる。エミューナはそこで立ち止まり、右側の荒くれた身なりの男に剣を振り抜く。そのまま回転して反対側のメイドの鞭を切り落とした。最年長の男がコンポジットボウを構えようとしているのでそのまま更に半回転しながら飛び掛り大剣ではたき落とし、左から右上に斬り上げる。男は隣のメイド諸共弾き飛ばされた。

「エミューナ様、そこまでよ。今のうちに逃げましょう」

アンゼが声を掛ける。エミューナは場を改めて確認し、誰も立ち上がりそうにないのを見てアンゼに頷いた。

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