きれいなもの

ルルグの町を後にし、アンゼ達は鉱山の麓の宿場町で夜を過ごすことにした。

「僕はチャイニーズブルーを下さい。」

「わたくしは、そうですね…ホワイトシンデレラで。」

クリウスは王女二人を小洒落たバーに招待した。アンゼが好みそうだと思ったのだ。エミューナはおまけだったが、意外にも彼女は堂々とアルコールを注文した。

「あなた、未成年でしょう?」

「死にはしませんよ。慣れてますし。アンゼ様ももうすぐ来ると思います。」

「そうですか。」

いいのか?クリウスは躊躇ったが、実際のところ咎める者はここにはいない。この店は革命党の連絡拠点でもある。町の役人や警備隊にはふんだんに接待や賄賂を行い、部外者を来させないようにしていた。

「あ、アンゼ様がいないところなら、敬語とか使ってくださらなくてけっこうですから。」

「そう、じゃあお言葉に甘えて。」

ウェイターがテーブルにカクテルを二つ運んでくる。

「チャイニーズブルーとホワイトシンデレラです。」

「ありがとうございます。」

クリウスはウェイターに目配せして頷いた。来る客、つまり革命党員に王女達が見つからないよう、それとなく配慮を求めたのだ。

「ところで、どうしてあなた達は、姉妹なのに名前に様なんて付けて呼びあうのかな?前から不思議なんだが。」

エミューナが杯を差し出してきたので軽く乾杯しながら、クリウスはアンゼの前では聞けないことを聞くことにした。

「どうしてでしょうねえ。くせみたいなものです。」

エミューナは少し困った顔をして首を傾げる。

「そう。あと…、何かたまに、すごくアンゼ様に気を遣ってるみたいに見えるときもあるのだけれども」

「そうですか…。でもわたくしは、アンゼ様が大好き、です。」

「へえ」

そこで目を逸らすんだ、とクリウスは杯に口を付けながら軽く瞠目した。嘘なのだろうか?しかし嘘ならわざわざ大好きという言葉は使わないだろう。

…アンゼからは好かれていないかもしれないけれど、という不安があるのか。


彼女の感情表現は確かによく分からないとクリウスも思う。

彼女は大抵慎重で、どんなに自分が真摯に対応しても、冷めた目で自分のことを見てくるが、弱気になったエマの夫を叱るような熱を突然見せることもある。

単に自分が嫌われているのか?正直、その可能性は大いにある。しかし彼女は革命が成らなければワーネイアの次期国王、個人的な好き嫌いでウイニアの第一王子である自分との付き合い方を変えるべきではないことは承知している筈だ。恐らく基本のスタイルがあの冷めた目なのだろう。

フィーアール君が彼女を苦手とするのもむべなるかな。しかし自分ならば、彼女を上手く扱える。クリウスには自信があった。彼女の価値基準は有能か無能か、そして有害か無害か有益かだ。このまま自分が有能かつ有益であると示し続ける。そうすれば、彼女はきっと胸襟を開いてくれるだろう。

エッチな意味じゃなく、ね。


「すいません。待った…?」

背後からアンゼの声がして、クリウスは危うくカクテルを取り落としそうになった。

「いえ。何か注文されてはどうですか。」

エミューナが笑顔で振り向く。やはり、さっきの言葉に裏は無さそうだ。クリウスも真面目な顔を作ってアンゼを見る。

「素面で話できますかね。」

「どうだろう。そうね…カルピスソーダください。」

アンゼは案内をしてくれたウェイターに注文した。

「はい?」

クリウスは酒を勧めたつもりなのだが。

「これで、酔うには十分なんで。」

「下戸なんですよ。」

澄ました顔で席に着くアンゼの隣で、エミューナが面白そうにクリウスに説明する。

「そりゃ、下戸すぎでしょう。っじゃないでしょ、あなたは未成年ですよ?」

クリウスは二人に呆れ返った。


酒を片手に、クリウスは鉱山での報酬を二人に分配した。

「お二人とも、大丈夫ですか。」

「ちょっとショック…ですね。」

アンゼは素直に胸の内を吐露した。本当にカルピスソーダで酔ったのかもしれない。

「はい…。」

エミューナは普段通りだ。アンゼに合わせて頷く。クリウスも残念そうに頷いた。

「そうですね、あのあと…」


エマの夫を看取った後。

「僕の水筒の水で、とりあえず遺体を清めましょう」

「そうね。」

アンゼは頷いた。クリウスは水魔法で水筒に水を足しながらエマの夫の血を洗い流した。水魔法で繊細な制御を行うよりも、こうして一度容れものに移した方が簡単なのだ。

「それでは、戻りますか?エマさん、どうします…?」

一通り作業を終えて、クリウスは手伝ってくれたエマに声を掛ける。

「帰るよ。夫は、あたしが運ぶから。」

エマは自分の外套の上に夫の遺体を載せ、引きずり始めた。

「重さ、大丈夫ですか。」

エミューナが気遣う。

「ああ。今まで世話になった分…最後まで、世話になってね…。ちゃんとやらないと…」

アンゼは少し迷ってから、風魔法を使って遺体を浮かせ、地面との摩擦を無くした。エマは驚いたようにアンゼを見て、それから深々と礼をした。


「ねえ、アンジェリカさん?」

帰ろうとした時、エマがアンゼに声を掛けた。

「はい…?」

「たくさん、石が落ちてるだろ?あれ、みんな貴重なものばっかりなんだよ。」

「ええ。」

「みんな、あの石を採って、もっと採ろうと思って進んだんだね。でも、命といっしょにみんな落としたんだね。」

「…。皆の無念の結晶、ね。」

人の命が、鉱石より安いなんてことがあってはいけないのに。アンゼは少しだけ眉を寄せた。

「きれいだね。」

「え?」

エマの発言に、アンゼは驚いてエマの顔を見た。

「きれいだと思わないかい、いろんな色の鉱石…。ずっと小さい時から見てて、いちばんきれいだよ。」

エマは涙を流していた。アンゼは返す言葉を持たなかった。人の、夫の命よりも高価な鉱石。そう思うからこそ、彼女には綺麗だと思えるのだろうか。

「…本当に。美しいって、こういうことだね。」

「エマさん…」

アンゼには、そこにあるどんな鉱石よりも、エマの涙の方が美しいと思えた。

しかしそれは、ただの傍観者としての感想で。

それを口にする資格は、アンゼには無かった。

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