仲間たち

アンゼはワーネイア図書館の資料室の結界を解除しながら、懐かしむように呟いた。

「この資料室も前に来たわね。そういえば、フィーアールと…」

「で、入っていいの?」

クリウスが彼女の背後から問いかける。アンゼは彼を振り返り、得意そうに微笑む。

「もういいのよ。神官達、私には何も言えない。」

資料室の中、禁書庫に向かいながら、クリウスはアンゼの隣で何か手伝えることはないかと尋ねた。

「どうすればいい?」

「調べたところによると、この奥のかくし通路の向こうから、行けるみたいよ。」

禁書庫の部屋に入ってアンゼが辺りを見回す。

「この部屋のどこかに…」

部屋の中央にある会議机に近寄る。

「うーん、これかしら…」

床を覗き込んで、得たりと頷いた。

「やっぱりね。炎の精霊よ、この机を焼き尽くしなさい!」

結局全部アンゼ一人でやってしまったな、とクリウスは呆れた。

しかしここから先が敵地となる。彼女を守る役目はここからだ。

「では、準備はいい?」

通路の先の魔法陣を見て、アンゼがクリウスに尋ねる。この三日間、この二人で活動する際の弱点を克服する方法や必需品を、クリウスは考えて準備してきた。国には小さい弟に臨時の摂政を付けて国政代理に立ててきた。もう、何もためらうことなく、彼女と共に歩める。

クリウスは頷いて、アンゼの手を取り魔法陣に乗った。



深淵の廻廊。その冥き闇の中、徘徊するのはモンスターだけではない。

過去にそこに落とされた「神だった者」達もまた、長命種ゆえ死ねずに朽ちる時をただ待っていた。

「…誰か、来たようですね」

六本足の銀色の馬に乗った男が、抱えていた弦楽器を鳴らす。永き闇にめしいたのか、神の一族ならば黒いはずの目は白くなっていた。

「あなたは、あなたも神なのですか」

モーチェスが声を掛ける。

「そう…でしたね…僕は、神…地の神…。第四聖獣ロックと契約した者…。…あなたがたは、ヒト、ですか」

「そうです。あなたは神様なのに、何故ここに?」

エミューナが問うと、地の神は整った顔を苦しそうに歪めた。

「僕はかつて、主神に逆らい、ここに落とされました。…あなたがたは迷い込んで、ここに?」

「ボクたちは神を倒しに来たんだっ!邪魔するならお前も…」

「待ちなさい、ルドヴィーク。逆神と聞きましたよ。むしろ協力を得られるかもしれません。」

モーチェスがはやるルドヴィークを制する。地の神はそれを聞いて愉快そうに笑った。

「神を、倒しに…。フフフ、そうですか…それならば、提案があります。僕と果たし合いをしましょう。僕は朽ちかけても神の末席、主神の手の内を知っている。僕に勝てたなら、あるいは彼にも手が届くかも…ね。報酬は、この廻廊からの脱出。そして、僕も死を享受できる…。」

「負けたら…?」

エミューナが慎重に尋ねる。地の神は弦楽器を再び掻き鳴らす。

「…そもそも神に挑む資格など、なかったということです。このままこの廻廊で精霊どもの餌となりなさい…!」

地の神が精神を狂わせる呪歌を唄う。エミューナは咄嗟に自身の腕に噛み付いて混乱を回避したが、ルドヴィークとモーチェスが術にかかってしまった。エミューナはディスペルハーブをモーチェスに使い、正気に戻ったモーチェスが神聖魔法でルドヴィークの混乱を解く。その間に神が放った地魔法が彼らを襲う。うまく立てないでいると、再び呪歌。今度は睡眠の呪歌だ。エミューナは眠ってしまった。

「やり口が汚い…!」

「ははは、褒めても何も出ませんよ」

「褒めてないっ!」

ルドヴィークが寝たままのエミューナに武力強化の術を掛け続ける。自然回復する見込みのある睡眠解除は一手無駄だ。地魔法が何度も放たれるが、食らったダメージはモーチェスがまとめて回復してくれる、エミューナが起きたら、勝ちだ。

そこで再三の呪歌。ルドヴィークが混乱をきたした。モーチェスはルドヴィークから銃を取り上げた。エミューナは眠ったままだし、ルドヴィークの素の腕力ならば、混乱して味方を攻撃しても大したダメージにはならない。モーチェスはその間に内なる光を蓄え魔力を回復させる。神聖魔法を連発するにも限度があった。

「何も攻撃してこなくて良いんですか?」

地の神が首を傾げる。ルドヴィークがエミューナを殴った。エミューナがぱちりと目を覚ます。

「エミューナさん!今だ、一撃で決めて下さい!」

モーチェスが吠えてエミューナの武器に祝福を与える。エミューナは驚異的なバネで跳ね上がり、地の神を袈裟斬りに叩き斬った。

「……これは、見事……!」

地の神が落馬し、廻廊の床に叩きつけられる。エミューナは追撃し、地の神の胸を刺し貫いた。神も人と同じ体を持つならば、今のは紛うことなきトドメだ。モーチェスはルドヴィークの混乱を解きながら、エミューナの手際に息を呑んだ。

地の神はまだ息があった。しかしもう助からないだろうし、死を享受することこそ彼の望みでもあったから、三人は傍でただじっと彼の最期を見守った。

「ああ…、ありがとう。あなたがたに僕と、第四聖獣からの祝福を…。出口は、その、パネルに作っておきました…乗るだけで、大丈夫…」

「出口を用意できるなら、何故…あなたはここから逃げ出さなかったのですか。」

モーチェスが地の神に尋ねる。地の神は笑った、ように見えた。しかしもう、何も語ることはなく、そのまま息を引き取る。

「笑っていらっしゃいましたね…」

「何か、誰かと引き換えに、ここにいた…とかかな?」

エミューナとルドヴィークはしばらく地の神に思いを馳せていた。そしてゆっくりと黙祷を捧げる。銀色の馬がルドヴィークに近づき、するりとほどけてルドヴィークの愛銃に似た短銃に変化した。

「これを…ボクが使って良いってこと?」

ルドヴィークが銃を拾い上げると、確かに銃はきらりと輝いた。


ほぼ同時刻、深淵の廻廊の別の場所で、アンゼとクリウスは碧の鷲と風の神を、ソウは金の兎と雷の神を打ち倒していた。地の神と同じように、自身が仕える神の死を見届け、聖獣達はその身を武器に転じて捧げた。クリウスが碧い片手剣を手にし、ソウは金色の長剣に、魔剣エクスキャリバーと勝手に名前をつけた。


パネルに乗ると、転移の魔法陣が発動した。開けた空間に出る。

「エミューナ様っ、どうしてここに…」

「アンゼ様っ…」

アンゼがエミューナを見つけて驚きの声を上げた。エミューナが嬉しそうに駆け寄る。

「あらら…」

ルドヴィークはアンゼの後ろにクリウスの姿を見つけて目を泳がせた。

「おおっ」

ソウが転送されてきて、思わぬ大所帯に仰け反る。

「これは奇遇だね。」

クリウスが笑顔でソウとモーチェスを迎える。

「おひさしぶりです。」

モーチェスも穏やかに笑って軽く頷いた。


「なるほど、事情はさまざまなわけね。」

全員がひと通りこの場に集まるまでの経緯を話し、アンゼがふむと頷いた。

「だが、もしあの男が神ならば…」

ソウが金色の長剣をぎゅっと握りしめる。モーチェスも険しい顔で賛同する。

「目的はひとつということですか。」

「でも、わたくしたちがいない間にそんなことに…」

エミューナが悲しそうに話を続けようとすると、割り込む声がフロアに響いた。


『再会のところ悪いけど、もうひとつ感動の再会だ。』


人が一人、転送されてくる。灰色の長い髪に、暗い緑の瞳。紫のマントを羽織った、その男は。

「お兄様っ!」

「チェザーレ!」

ルドヴィークとモーチェスが近寄ろうとすると、その人影はレイピアを抜いた。ルドヴィークに向かってクードロアを放つ。

「何で、お兄様、どうしてっ!」

ルドヴィークがぎりぎりで回避しながら驚いて叫ぶ。


『もう魂はない。死んでいるしな。君たちを攻撃だけするように、操っておいた。』


「許さないっ!どうして!!」

ルドヴィークが喚く。これはまずい、と判断したモーチェスがルドヴィークを抱えて飛び退る。二人とチェザーレの間に、アンゼ、クリウス、ソウ、そしてエミューナが立ちはだかった。

ルドヴィークをアレと戦わせるわけにはいかない。彼女以外の全員が、仲間である彼女のために、自ら悪者になろうとしていた。

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