諦めが肝心
「なあ、ソウよ。おぬしの髪も美しい烏羽色だな。」
「将軍、ご用件は?」
この国で最も偉いはずの相手に対して、ソウは平伏することをしなかった。堂々と正面に顔を上げて対座する。将軍と呼ばれた男は、対座の男と瓜二つだった。
「西の国の神話というものを知っているか?そこでは、神の一族は黒い髪を代々しているのだと。」
「それが?」
話が見えない。ソウは将軍の影身ではあるが、それゆえに、主に対してだけは対等に接することを許されている。将軍は立浪の氏を持つこの男を面白そうに眺める。影身に徹させるのもよいが、その腕、その顔、他で役立てるべきだろう。
「私の髪も黒い。私はこの国のすべての権力を握っている。私は他の国をも我が手にしたい。だがやはりこの小国の力では無理がある。西国にはエクスキャリバーという魔剣があるそうだ。そこには強大な力がある、と。その力があれば…、その魔力があれば…私は神になれる。力が欲しい。さがしてくるのだ、ソウ。おまえならできる。」
「…将軍はなぜあのような欲を持ったのか…。もういい。世界が歪んでいることはわかったのだから。帰ろう。」
ソウはウイニアの海峡の街ボスペルにやって来た。忘れもしない、入国時、この街で管理官とクリウスに捕まったのだ。
「でもどうやって帰ろうか。来るときのような貨物船はいやなのだが…」
街で情報を集めて回る。質屋でのひょんな流れで、なんとあの名刀虎徹を手に入れ、ソウは浮かれていた。今日はツイている気がする。きっと良い出会いが他にもあるだろう。
「失礼する。だれかおらぬか!」
ソウは街の民家の扉をノックして回った。帰国する船のアテを探していただけで、決して、決して刀の自慢をしたかったわけではない。
「すみません、お客さんは…」
ある民家で中から女が顔を出す。
「おぬしは、神官…」
「あっ!」
出てきたのは、ワーネイアの神官を辞したリナレスだった。
革命党の顛末として、フィーアールがアンゼに楯突いたこと、返り討ちにあって国を追われたこと、それに神官が一人、職を辞して同行したことは聞いていた。
「こんなところに住んでいるのか。」
家の中に案内されたソウが部屋を見回す。元海軍大将と元神官が二人で暮らすには、何とも質素な建屋だ。リナレスはこくりと頷いた。
「フィーアールは、海をながめています。それが一番おちつくようです。」
「フィーアール殿はどうなったのだ?」
「すべてを忘れています。ただ、すごく無邪気に笑うんですよ。二人でずっと、ここでひっそり暮らすつもりです。」
少女は静かに微笑んだ。神官の一族はおおむね長命で、年齢も見た目通りではないとは聞いているが、それでもソウは胸を打たれた。
「…。強い決心だな。」
「フィーアールを助けられるのは私だけだと…、あの人も言いましたし。あなたはどうして?」
ソウは通行許可証をリナレスに見せた。
「帰ろうと思ってな。そなたは、神に仕えていた人だ。神とは何だ?拙者の主は神の力に魅入られている。だが…それは愚かだ。拙者は力を手に入れるかわりに人々を見た。任務は果たせぬが、もう国に戻って、それを伝える。」
「いいのですか?」
「罰せられるかもしれぬな。だが、主が道を踏み誤るのは見たくない。」
「そうですか。神は絶対です。私にとっては。その話は、モーチェス神父?でしたっけ、にすればまた何か見つかったかもしれませんね。でも、あなたはきっと間違ってはいないのでしょうね。」
リナレスは悲しそうに首を振った。神についてとやかく言える立場では、もう無かった。
扉が開き、フィーアールが帰ってくる。
「うみをみてたんだ。」
フィーアールは入ってくるなりそんな事を言い出した。
「ああ、おじゃまして申しわけない。」
ソウは思わず鳥肌をたてたが、努めて平静に彼に挨拶をした。
「フィーアール、もう中に入るの?」
「うん。」
リナレスとフィーアールは子供同士のような会話をして、フィーアールはソウに何の関心も持たずに寝室に籠もってしまった。
しばらく悲愴な沈黙が続いた。
「子供のようになってしまっていますが、あのほうが幸せなんですよ、きっと。」
リナレスが辛そうに笑う。二人でずっと、と彼女は言ったが、これでは彼女独りで抱え込むのではないだろうか。フィーアールは自業自得だとしても、リナレスが何をしたと言うのだ。
「…。」
しかし、時代の敗者とはそういうものだった。ソウは悲しいほどそれを弁えていたので、返す言葉を何も持たなかった。
「どうやってお帰りに?」
リナレスが切り出す。
「それで困っているのだが…」
東国までゆく客船は滅多にない。こんなことなら、途中のルジャーナにでもパイプを作っておくべきだったか。
「そういえば、もう数日したら貨物船が来ますから、お金を払って倉庫かコンテナに入れてもらえば…」
リナレスが首を傾げて提案する。
「やはりそうするしかないのか…」
ソウは苦虫を噛み潰したような顔をして思案した。
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