闇を忍ぶには美し過ぎる
「お前達、どこに…、ぐはぁっ」
「大丈夫か、ジョン!後は任せ…アーウチッ!」
通用門を守備していた衛兵達を、エミューナが自室から持ち出した典礼用の大剣で薙ぎ払う。重そうな鎧ごと衛兵達は吹っ飛んでいった。
「ごめんなさい…。」
「こんな警備で大丈夫なのかしら、この城…」
「皆さん、ちょっと弱いですね。」
いやいや、そんな馬鹿でかい剣で殴られたらひとたまりもないって。アンゼは思わずツッコみそうになった。妹は「自分はちょっと力は強いけどあくまで普通の女子レベル。お姉様は剣にご興味がないだけ」と本気で考えているらしい。アンゼ自身は飛び級で魔法大学まで修めているため、武術の方に興味があるかないかで言えば無かったのだが、仮に努力していたとしても才能の差を思い知らされただけだろう。しかし妹が筋力馬鹿なのは今に始まったことではないので、アンゼは何も言わずに小さく溜息をついた。
通用門を抜け、城下に向かう橋の上。水面に明るい光が差しており、思わずアンゼは夜空を見上げた。
「美しい月…」
「本当に…。でも、闇を忍んで城を抜け出すのには、明る過ぎるのではないですか、お姫様?」
独り言に
「何の用かしら?…リナレス」
果たして、橋の先の木陰から出てきたのは、神官服を着た元学友のリナレスだった。
「貴女方を、通すわけにはいきません。もうすぐ城の本部の方にも連絡が行くでしょう。それまで、ここから進めません。」
「…どうして、知っているのですか?」
エミューナが声のトーンを落とす。姉以外の誰にも相談しなかった筈だが。
「貴女方が話しているのを聞きました。神官長様からの連絡を伝えに行く時に…。」
リナレスはやれやれと言いたげに首を横に振った。エミューナは大剣を構える。
「邪魔しないでください!貴女には、…関係のないことでしょう?」
「エミューナ様、やめなさい。リナレス、私達がいない方が、貴女には都合がいいでしょうに。」
神官に手を出せば罪人となる。アンゼは妹を制し、リナレスの説得を試みた。
「そうです…貴女がいなければどんなに良いか…。でも、貴女は何をしても許される、貴女は何だって出来る。」
昔から、神官らしからぬ欲を持つ女だった。しかしそのお蔭で良きライバルであってくれたと、これまでアンゼはリナレスのことを好意的に思っていたのだが。
「本気で言ってるの?」
「貴女は何でも思い通りに行って、国で一番の方と結婚出来て…」
アンゼの婚約者、フィーアールのことを言っているのか。アンゼは自然と眉を顰めていた。
「違います、お姉様は国の為に結婚して、国の為になるようにしていただけです。」
「このお城から出ていくこともですか?」
リナレスに追及され、エミューナは答えに窮する。
「…、これは私が言い出して…」
アンゼは妹を庇うように、一歩前に踏み出した。
「もういい…。リナレス、もしこの国が戦いに敗れたら、貴女の首はギロチンに乗るかしら?もしこの国の玉座が人に渡ったら、貴女は電気椅子に腰掛けなければいけないのですか?」
「アンゼ様?」
「もし、そんな時…万が一そうであれば私は死ぬ覚悟が出来ている。貴女との決定的な違いでしょう。」
アンゼの冷たい眼がリナレスの心に突き刺さる。正道を説くことに関して、彼女以上に才のある人間はいなかった。リナレスは自身の欲望の醜悪さを突き付けられた心地がした。
「そうとしても…学生の時から、ずっと貴女ばかりいい思いで、貴女は私の欲しいものばかり奪って…」
アンゼはそんな彼女を鼻で笑う。
「諦めなさい。神官はヒトと結婚出来ない。」
リナレスは最早我慢ならず、紐帯からロッドを取り出した。
「許せない…。貴女の思い通りにはさせない…。」
実力行使に出ようとしている。そう判断したアンゼは、こちらも杖を構えた。
「そろそろ話し合う時間も無いようね。それならば力づくでも、退いて貰いましょう。」
「アンゼ様、神官を傷付けることは…」
「承知の上よ。エミューナ様、下がってなさい!」
リナレスは無詠唱で三連続の氷魔法を繰り出した。事前に仕込みは済んでいたらしい。しかし、アンゼはそれを読んで三重の結界を張っていた。学生時代の実技訓練の際にも何度もリナレスに使われた手なのだ、リナレスの声がした瞬間に準備は済ませていた。アンゼは
リナレスは雷に打たれ、意識を失った。学生時代と違い、これは実際の戦闘なのだ。どんな手を使ってでも勝てばよい。アンゼは消費したマジックスクロールを回収した。再び魔力を通せば、何度でも即時使用できる便利な魔道具だ。
アンゼは念の為、気を失ったリナレスに睡眠の魔法を重ね掛けしたが、それはレジストされたようだった。神官服の効果だろうか。一つ知見を得たな、と彼女は少し瞠目し、それから妹の方を振り返る。
「私はもうここには戻れないわね…。エミューナ様、私はこれで罪人だけど、一緒に行く?」
エミューナは俯いていたが、それでもこくりと頷いた。
「…。はい。」
「それじゃ、急ぎましょうか。」
二人は城下町へと駆け出した。
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