ヒトならざる者

エミューナは自室で祈りを捧げていた。魔法や剣戟、砲撃の音が近付いてくる。

「アンゼ様、フィーアール、クリウス様…。もうすぐ、助けてくれますよね。」

「エミューナ姫!来て。早く、こっちに。そこは危険だ。」

ルドヴィークが部屋に駆け込んできて、エミューナの腕を引っ張る。

「ルドヴィーク様。どちらへ…」

「いいから早く!」


ルドヴィークとエミューナが玉座の間に入ると、まず異様なまでの血の臭いがした。

ルドヴィークはうっと鼻と口を押さえ、玉座に目を凝らす。

「お父様、エミューナ姫…あーっ、お父様…、どうして…」

ネヒティア王は、首を落とされていた。

体は玉座に座ったまま、首が床に転がり落ち、ルドヴィークを睨んでいる。

銀色の剣を抜いたまま、玉座に向かって立つ黒髪の男が振り向いた。白い大理石の様な肌の面に血飛沫が鮮やかに掛かっている。うっとエミューナ達が顔をしかめると、彼は不思議そうに二、三度瞬きをした後、自身の血に染まった手を見て、浄化クリーンの呪文を唱えた。血が乾いてパラパラと顔や体や衣服から剥がれ落ち、中から闇色のローブを纏った美しい夜の化身が姿を現す。彼は銀色の剣を魔力に戻して右手で吸収すると、ルドヴィークの方に向き直った。

「ほう…、君もなかなかうつくしい顔だ。だが、まだまだだな。フフフフ…」

「おまえ、どうしてお父様をっ、ウイニアの者か!?」

「ハハハハハハハ。バカなヒトと同じにしないでくれるかな?」

男は特に何の呪文を唱えることもなく、すうと輪郭を滲ませて消えた。まるで水で洗い流したかのように、何も残らなかった。


エミューナが玉座に歩み寄る。

「そんな、そんな…何ですか、これ。誰…今の…」

硬直していたルドヴィークも、エミューナが動いたので動けるようになったらしい。父親の首に駆け寄り、抱え上げた。

「お父様、お父様っ…、そんなのやだよ。グロチウスも、死ん、でる…」

玉座の隣に、もうひとつ首と胴が別れた遺体があった。ネヒティアの神官長グロチウスのものだった。


外で慌ただしい足音がして、玉座の間の扉が勢いよく開いた。

「ネヒティア王、城は制圧した!抵抗をやめて出て…」

アンゼが大声を張り上げて入ってきたが、途中で言葉を失った。

「死んでる。何故だ?」

ソウが刀を構える。状況から察するに刃傷沙汰があったのは間違いない。咄嗟に戦闘態勢に入るのはさすがに武士というべきか。

「エミューナ!どうした…これは、一体?」

フィーアールが恋人の姿を認め、声を掛ける。

「…。」

エミューナはフィーアールを見て、無言で悲しげに首を振った。

「黒い髪の男…、あなた達のやったものじゃないの?」

ルドヴィークが父親の首を抱えたまま、アンゼ達を睨みつける。

クリウスが一歩前に出た。

「知らないな。あなたは、ネヒティア第二皇子ルドヴィーク様ですね。」

「そうだよ。」

ルドヴィークが頷くと、フィーアールが獰猛に唸る。

「そうか、おまえがエミューナ様と…。王が亡いなら、皇子でよいか…。首を…」

「やめてください!フィーアール!」

エミューナはルドヴィークを庇うように間に割って入った。ルドヴィークはフィーアールの敵意を無視して悄然と俯く。

「もうボクは戦う気はないよ。こんな風になって…勝てやしないさ。もう、もう…兄様がいれば…」

クリウスがそんなルドヴィークの様子を見てふう、と短く溜息をついた。振り返って仲間達の顔を見る。

「王の首、我々がとったことにしますか。」

「そうね。誰か分からないんでしょう?」

アンゼが頷くと、ルドヴィークが震える声で返事をした。

「消えたんだよ。黒い髪の、きれいな男…」

ソウが刀を収め、首を傾げる。

「…消える?それは、一体…」

「知らないよ。戦いはもういい。ネヒティアの負けだよ。ボクを…、少し休ませて。」

「いいでしょう。エミューナ様もいらっしゃい。」

「いえ、私は…」

エミューナはルドヴィークの肩を持った。フィーアールが嫌そうな顔をしてルドヴィークに向けて顎をしゃくる。

「しかし、この男…少年?は…」

「相手は降伏しているのよ。ここで殺す必要はないわ。それに、一国の皇子、丁重にあつかわないと。」

「…。気に入らない。」


エミューナとルドヴィークを玉座の間に残し、一同は廊下に出た。間もなくネヒティア王をクリウスと革命党が討ち取った旨の報せが戦場を駆け巡るだろう。しかし、一同は喜ぶどころではなかった。

「消えた…ねえ。」

「どういうことだろう。」

アンゼとフィーアールが首をひねる。

「東国の…ニンジャという者はそのようなことができると聞いたことがある。」

クリウスがソウを見ると、ソウはゆっくり首を横に振った。

「しかし…、忍者は消え去るのではなく、何らかのしかけやらを使って、隠れて逃げるというものだ。拙者はあの部屋を調べたが、特に何も…忍びに通ずるしかけはなかった。」

それを言うならば、とアンゼは眉を顰めた。人が転移する術は神聖魔法にもある。しかし、人を転移させるには設置型魔法陣が必要な筈だ。玉座の間には神官長のためのものと思われる魔法陣が描かれていたが、少なくともこの一時間、魔力が通った形跡は無かった。神官長の死後、それを使って逃げたとは考えにくい。

「ホントに消滅なんて…」

「ヒトじゃない…。」

アンゼはクリウスと顔を見合わせた。

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