国を治めるということ

ドマーニ邸の外に出ると、エミューナ達が接触した街の人々が数人集まってきていた。

「あんた達…一体何なんだ?」

「この地域は封鎖されているのに」

「そのお屋敷に何の用だい?」

門から出てきたエミューナ達を取囲み、口々に詰問する。

「わたくしは…」

エミューナが躊躇いがちに口を開くと、アンゼがスッと彼女の前に立った。

「この家を捜索に来ました。国の者です。」

アンゼのその言葉に、人々の表情は怪訝から怒りに変わった。

「調べるってあれか…横領していた…」

「お金は…、この家の人が使った分は戻るんだろうな?」

「あんた国の人だろ?何とかしてよ!病気になってない者だけでも、逃がしておくれよ!」

「ここで死ねっていうのかい?」

「病人だって、見殺しじゃないか!」

「何か言ったらどうだ?」

不満のはけ口が突如現れて、人々の感情が堰を切ったように一方向へ流れ出す。これが、衆愚というものか。エミューナは思わず憤った。

「…そんなっ…」

「申し訳ありません。」

エミューナが何か言う前に、アンゼは胸に右手を当てて深々と頭を垂れて謝罪した。

「申し訳ないなら、何とかしろよ!」

「本当に、何と言えばいいか…」

アンゼは心から申し訳無さそうな表情を浮かべる。

「だから謝るだけじゃなくて…」

「…もういいよ。あんた達がやったわけじゃない。あんたらを責めてもらちがあかん。」

「そうだ。帰ってくれ。もういい。」

「……。」

エミューナはクリウスに連れられ、振り返らずに立ち去る。一時でも感情的になった自分を恥じる。隔離封鎖により、彼らの尊厳が奪われているのは確かなのだ。たとえ表面的にはどれほど裕福そうに見えたとしても。

(そう、きっと、わたくしは振り返ってはいけない。振り返ったら、おじい様やお姉様を悪者にする彼らに対して、きっと何か恨み言を叩きつけそうになる。それでは何も解決しない、感情的になって彼らと同じことをしてはいけない。)

一方で、アンゼだけは、去り際にもう一度深く頭を下げた。


アンゼは街の外れに待たせていた、フィーアールの通行証を見て案内役を買って出た革命党員に、言伝を持たせて帰らせた。

「フィーアールには、伝えたわ。ここにはもう来ないでしょう。」

エミューナは街の外壁にもたれていたが、アンゼの言葉に、最早ドマーニ家を救う者はいないのだと唇を噛んだ。

「おじい様は、本当に…」

「もう無理ね。孫と娘もわからないようじゃ。」

「わたくしは、あの時何と言うべきだったのか…、おじい様か、それともお父様、か…」

エミューナが俯いたまま首を振る。アンゼは心無い言葉で冷たい返事をしたことを反省した。寄り添えない自分に少し苛立ちながら、エミューナの隣に立つ。

「…。何も言わないのが、いいのじゃないかしら。」

エミューナが面を上げるまで、動かないでいることのみが、アンゼに出来る心配りだった。


「そういえば、エミューナ様はドマーニ家のためにこっちに来てたのね。それはそうか…」

「はい?」

エミューナが隣のアンゼを見て首を傾げる。

「いや、てっきりフィーアールの家でも見に来たのかと思って…手紙書いてたし…ってそんなわけないか。」

アンゼは話題の変え方を間違えたかしら、と少し眉を顰めた。

「あれはおじい様が留守だったらお付きの方に渡そうと思って…それにフィーアールの…家?」

エミューナが怪訝そうな顔になる。

「聞いてない?うん…隠してるからかしら…。とりあえず、ファスティニア将軍は育ての親で、フィーアールの生家はこっちにあるのよ。一度、本人に尋ねてみるといいわ。」

何故恋人であるエミューナにまで隠しているのか。アンゼは婚約者に呆れた。エミューナの母フェルナに見出されてファスティニア将軍の養子となった事実が、エミューナとの「運命の出逢い」にケチをつけるとでも思ったのだろうか。それとも、平民の出であること自体、隠し通しておけるとでも思ったのだろうか。

「…。」

エミューナは再び黙ってしまった。この子は私から婚約者を盗ったと思っている。しかし実際には、仕組まれた取り合わせだったのだ。この子も、あの女の、被害者だったのだ、なんて。

「奇遇だわね。同じ町だなんて。」

そんなこと、今、この街で、言えるはずもなかった。


元々待ち合わせ場所に指定していた宿まで戻り一泊した翌朝、クリウスが出迎えて苦言を呈した。

「…アンゼ様、これからはあまり勝手なことはやめていただきたいのですが」

「はい?何がですか?」

「一人でどこかに行くとか…」

「へーえ、そうですか。」

「…。まあいい、急がねばならないのです。

 思ったよりはやく動きがありそうだ。ウイニアの城下町へ向かいましょう。」

クリウスが急ぎ足で出発する。アンゼは大きな溜息をつき、エミューナにどうしたのかという顔をさせた。

「…。決めなくては…。」

クリウスが言う動きとは、つまり…。

アンゼは気が重かった。


「ちょっと休むわ。」

アンゼは国境付近でクリウスにそう宣言した。

「いそいでるんですけど?」

「あせらない、あせらない」

クリウスは眉を顰めたが、女性二人に連日無理をさせている自覚はあったので、無言で近くの岩に腰を下ろした。

「アンゼ様?」

伸びをするアンゼにエミューナが寄ってきて声を掛ける。

「何?」

「どうにかならないでしょうか…、あの、封鎖地域ですが。」

アンゼは妹の発言に少し瞠目した。昨日の様子では市民に憤慨していたようだったが、どうやら彼女の中で善性が上回ったらしい。冷静になればきちんと民を思うことのできる彼女は、正しく補佐さえしてやれば現国王よりもよほど王の器だった。

「医者は投入すべきね。でも…、今のワーネイアではああするしかないのよ、きっと。」

「でも…、皆さん…」

「病気が国中にひろがったら、どうなる?…人が死ぬのは、最小限におさえないと…」

善性を発揮した彼女にそう伝えるのは、アンゼにとっても心苦しいことだった。しかし、どうしても冷酷にならざるを得ないことも時にはある。それをこの機に知っておいてほしい。

「…。あの方々には、死ね…、と?」

「……。国を治めることは、夢を売ることとは違うの…。どうしようもないけれど。」

「出すぎた口をききました…。」

エミューナは沈痛な表情をし、アンゼに頭を下げる。アンゼは、何かが変わりつつある妹に、今の段階で委縮してほしくはなかった。

「エミューナ様は、まちがってはいない。ワーネイアの現状が、悪すぎるわ…。変える、のよ…」

「…。(うまく、行っているようだな。)」

クリウスはそんな二人のやり取りを聞いて、思わず微笑んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る