第19話 染み
子供達が遊び場にしている空き地のブロック塀に、ある日茶色のシミが現れた。中心が濃く、周りに向かっていくにつれてグラデーションのように薄くなっていく。
その染みを、誰かが人に見えると言ってから、いつの間にか空き地で昔死んだ人だという話になっていた。
しかしくっきりと形になっているわけではなく、長方形の部分を体として、その上に丸が乗っかっているだけ。人に見えるのは錯覚で、考えすぎだと馬鹿にする声もあった。
それでも女子児童が怖がり親に訴えたために、所有者は仕方なくペンキを塗って対処する羽目になる。
灰色の塀が並んでいる中、一部だけ色が違って目立った。しかし染みが消えたので、騒ぎはこれで収まるはずだった。
数日後、再び染みが浮かび上がるまでは。
ペンキの塗りが甘く、落ちてしまっただけであれば良かった。しかし前にあったものより大きかったのだ。
形は相変わらず人と言われれば、そう見えるかもしれないレベルだった。前が小学低学年ほどだったとするなら、今回は成人男性ほど違いがある。
そうなるとまた騒ぐ人が現れて、呪われているのだと噂が広まった。
困ったのは所有者で、呪われているという話が定着してしまえば借り手がいなくなる。そのため必死に火消しに走った。
ただ、それが全く上手くいかなかった。
まずは、新たなペンキを塗り直した。業者を通して雨や風に負けない業務用のものが使われて、塗った場所がほとんど見分けがつかないほどの出来栄えだった。
しかし、再び染みは現れた。今度は成人女性ほどの大きさで、なんとなく腕らしきものが見えると人々は言った。
所有者は誰かの嫌がらせか悪ふざけだと考えて、空き地全体を映す防犯カメラを設置した。死角はなく、どこにいようと映す。その上でペンキで塗り直した。
数日後、また違う大きさの染みが浮かび、所有者は絶対に犯人を捕まえてやると息巻いて映像を確認する。
――しかし、誰の姿も映っていなかった。
カメラは、染みが浮び上がる場所を重点的に狙いを定めて映していたが、誰もいないのにも関わらず時間をかけて染みが出た。映像が加工された痕跡はなく、ありえない光景だった。
呪いだ。所有者はそう認めるしかなかった。
これが広まれば、かなり面倒なことになる。ただでさえ噂でうるさいのに、もう止められなくなってしまう。
幸い自分しか見ていないから、今なら誰にも知られずに隠蔽できる。色々と考えて映像を消そうとした。
しかしその後ろから、首に巻き付く腕が。
「……けすな」
そして、耳元で囁かれた言葉。
「……それで、どうなったんだ?」
聡見が続きを促すと良信は、コンビニで買った肉まんの残りを口に入れて答える。
「ふほっふへひふぉふぁふぁ」
「何言ってるか分からん」
「ふぁふぇ」
もごもごとして聞き取れない聡見に、今度は指をさして教える。向けられた方を見た聡見は、思わず顔をしかめた。
道路を挟んだところに空き地があった。そこはブロック塀で囲まれていた。ぼんやりとだが茶色い部分もあった。人の形がくっきりと出ている。
「霊道ってやつ?」
「ふぉー」
文字通り霊が通る道。頷く良信に、聡見は話の結末を悟ってしまう。
目を凝らして染みを見た。近づきたくはなかったから、その距離で確認したかった。
「なあ、あれの上からペンキを塗ったらどうなるんだ?」
聡見の質問に、肉まんをやっと飲み込んだ良信は、目を細めて答えた。
「消えるんじゃないかな」
「染みが? 存在が?」
「とみちゃんはもう分かっているでしょ」
聡見は空き地に向けていた視線をそらした。
ブロック塀には茶色い染みがあった。
まるで恋人のように寄り添う、2つの染みが。
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