第12話 悪い相手


 戦うべきではない相手というものが、世の中には存在する。


 一般的な常識が通じず、同じフィールドで勝負していないからこそ、何をしてくるか予想できない。まさかここまで、ということだって平気でしてくる。

 そういう相手に不運にも出くわしてしまったら、とにかく何も考えず逃げるのが賢い。興味を持たれる前に、存在を認識される前に逃げなくては、どこまでも追いかけてくる。そして向こうが満足されるまで、解放してもらえない。命乞いをしたところで、相手には通じない。

 助けを求めても無駄だ。誰だってトラブルには関わりたくない。下手に関わって、いつその矛先が自分に向くか分からない。知らない相手だったら、余程のお人好しでない限りは見て見ぬふりをするだろう。

 とにかく戦いを挑んだ時点で、それ以降は何をされたところで文句を言う資格は無いのだ。


「も、もう。許してください」


 悲痛な叫びが、その場に響き渡る。

 回数も分からなくなるぐらい、もう何度も謝り続けていた。


「えー、もう少し遊ぼうよ」


 しかし、そのたびに許してもらえず絶望していた。

 場所は公園の砂場、近くには保護者が子供を見守るためかベンチが設置してある。そこに聡見は座って、他人事のように見ていた。

 口を出さないのは、巻き込まれたくないからだ。楽しんでいる良信には触れるべきではない。長年の経験から、そう学んでいた。

 謝る男を前にして、笑いながら許さないと言っているのは良信だった。怒っていない、むしろ笑っている。だからこそ、恐ろしさが増す。


「砂遊びっていいよね。昔から好き。山作ったり、トンネル作ったり……そうそう、ダムを作ったりもしたな。作ったことある? 水をためるための堤防というか、器を作って、バケツで水を入れる。こぼれない程度にためたら、ここが一番の見せどころ。決壊させるのが、凄く楽しいんだよね」

「も、もうしませんから」

「というわけで、久しぶりに作ってみたけど。成長したから、少しは前と違うところを見せないとね」


 良信はためた水に手をかざす。そして、もごもごと口の中でなにか唱えると、ダムの淵に手をかけた。


「これを少しでも崩したら、水が流れて消える設定にしてみたよ。ちょっとずつ消えていくから、じわじわ苦しいだろうね。一気に消滅した方がマシだって思うぐらい、痛いけど大丈夫だよね」

「ひいっ、勘弁してください」

「今さら何言ってるの。突っかかってきたのはそっちだから、やられる覚悟もしておかないと。そういうのはわがままだよ」


 そして容赦なくダムを壊した。

 流れる水はどんどん勢いを増し、断末魔の悲鳴があがった。

 じゅうじゅうと溶ける音に、聡見は極力見ないようにする。とにかく選んだ相手が悪かった。

 気に食わない相手にとりついて、精神を病ませるのを楽しんでいたのだが、いいなと思ったのか力量を見誤ったのか、次の獲物に選んだのは良信だった。

 しかしとりつくことが出来ず、仕方ないと代わりに聡見に行こうとした途端、首根っこを掴まれた。


「ちょーっと、おいたが過ぎるかなあ」


 緩い口調だった。

 それだけなら、怖がる必要なんて無いはずだった。普通に会話をし、霊体を掴んでいる事実がなければ。

 あ、と思った時にはすでに手遅れで、どうやったのか砂場に首から下まで埋まって動けない状態になっていた。

 霊体であればすり抜けられるはずなのに、その場に縛り付けられているようだった。それもこれも、良信の仕業だと分かっている聡見は全く驚かない。

 ダムの水が全て流れ、砂場にはダムの残骸と大きなへこみだけが残っていた。


「もう満足したか?」

「うん。早く帰ろう」


 聡見は何事も無かったように話しかければ、良信から何事も起こらなかったように返事がある。

 帰り際、砂場をちらりと見た聡見は心の中で話しかけた。

 選んだ相手が悪かった。ただそれだけだと。

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