第34話 前の話


 これは、聡見が良信と仲良くなる少し前の話。

 まだ幼稚園に通っており、ふくふくしたほっぺと紅葉みたいな小さな手を持った女の子に見間違われるほど可愛らしかった。

 そんな聡見だったが、すでに人とは違うものが見えていた。他の人には見えないことも、何度か辛い経験をしたので知っていた。無視するのが一番、そう考えていた頃のことである。


 ――たいへん。

 聡見は公園で1人震えていた。叔父の祥平に連れられて遊びに来たのだが、彼は知り合いに偶然出くわして話をしている。盛り上がっているので聡見の様子に気づかず、助けを求めるには遠い。必死にSOSを送っているが、伝わる様子はなかった。

 ――どうしよう。

 聡見は目にじわりと涙を浮かばせて、公園の入口に立っている何かを必死に見ないようにしていた。現在は砂場で山を作っているのだが、動いていないと怪しまれるのでどんどん高くなっていく。しかし、作れる高さにも限界があった。

 ――トンネルをつくろう。

 限界の高さまでいくと、今度は穴を掘り始める。崩さないように慎重にしている体で、ゆっくりと手を使って掘っていった。こうしていれば、祥平の話が終わるはず。頭を必死に働かせて、聡見は生き残ろうと必死に頑張っていた。


 それが入口に現れたのは、祥平が知り合いと話すために移動してすぐのことだった。初めは公園で遊んでいる誰かの親だと思ったが、異様な様子に違うと気づいた。

 まず服を着ていない。かといって、全裸というのも表現として間違っている。布のような柔らかく薄い素材に似ていた。それが無理やり人型をとっている。風に吹かれて、ヒラヒラと絶え間なく動くので、不気味さを最大限に引き立たせていた。


 ――あれは、わるいもの。

 相手に正体が分からなくても、本能で関わってはならないと察する。だからこそ祥平に助けを求めているのだが、話は盛り上がって終わる兆しが見られない。

 いつになったら終わるのか、トンネルの穴はすでに二の腕が入るぐらい奥まで進んでいる。出来てしまったら、次の時間潰しを聡見は考えなければいけなくなる。恐怖でいっぱいいっぱいの聡見には、もう酷な話だった。


 入口で揺れているヒラヒラは、中に入ってくる気配は無い。そこにいられたら帰れないではないかと思われそうだが、幸いなことに入口は一つではなかった。つまり祥平の話が終われば、ヒラヒラを避けて帰れる。

 ――だいじょうぶ。

 自分を奮い立たせて、聡見はトンネルを掘っていた。しかしトンネルを掘るのと、祥平の様子を窺う方に意識を集中しすぎて、ヒラヒラが視界に入っていなかった。どこかで直視してはいけないと思って、できる限り顔をそらしていたせいだ。

 行動が間違っていたと悟ったのは、入口にヒラヒラがいないのに気がついたら時だ。

 知らないうちに消えた。公園に入らず、どこかに消えたならまだ良かった。しかし、嫌な感じが漂ったままである。

 それならどこに行ったのか。周囲を探したくなったが、ヒラヒラを見たら困るからできない。


「……どうしよう」


 トンネルに腕を突っ込んでいた聡見は、心細い気持ちを言葉に出した。逆に怖さが増してしまい、うるうると今にも涙がこぼれそうだった。

 そんな聡見を追い込むように、ヒラヒラとしたものが山の向こう側に見えた。

 すぐ近くにいる。無視していたのに気づかれてしまった。もう駄目だと、聡見は悲鳴も出せずに目をつむる。


「あー、とんねるつくってるー」

「!」

「かいつうさせよー」


 絶体絶命の聡見は、緩い声がヒラヒラのいた方から聞こえてくるのを耳にした。同い年ぐらいの子供の声。誰だろうと思いながら、それでも目を開けられずにいた。


「ちょっとまっててねー。……んしょ、んしょ……もうすぐだよー」


 声も未だに出せない聡見に機嫌を損ねた様子もなく、サクサクと砂を掘る音がする。


「はーい、かんせーい」


 その言葉と共に、埋まっていた指先に空気が触れ、さらに誰かの手が握った。不思議と怖いと思わず、聡見はもう大丈夫だと安心した。


「悪い悪い、放置しすぎた。おっ、なかなかの力作ができたな」

「しょう、にい……」


 ようやく話を終えた祥平が来た。聡見がゆっくりと目を開けると、子供の姿もヒラヒラの姿も消えていた。

 夢でも見たのかと思ったが、トンネルが開通している。そして一番の証拠として、山の頂上にはヒラヒラの切れ端が埋められていた。

 あの子が助けてくれたのか、でもそんなのありえない。聡見はきっとヒーローが現れたのだと考えて、トンネルから腕を引き抜く。


「しょうにい、かえろう?」

「ん? ああ、もうこんな時間か。そうだな、帰ろうか」


 少しの間だけ、誰かと手を繋いでいた。温もりが残っていることはないが、聡見は自然と笑みがこぼれる。

 いつか助けてくれたヒーローに会う機会があったら、その時はお礼を言おうと心に決めた。

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