第35話 どうしようもない


 寺には様々な人が来る。

 主に檀家だが、悩みを相談に来る人も多い。さらには敷地が広いので、子供達が遊び場としても使っていた――とはいえ傍には墓地があるため、頻度は少なかった。

 タチが悪いのは、肝試しに来るタイプだ。夜中に騒ぎ、ゴミを放置にして帰る。酷い時には、墓石に傷をつけたりお供え物を荒らしたりする、とんでもない輩もいた。

 夜中の立ち入りを禁止して、警察にも見回りをしてもらうようになってからは減ったが、ゼロにはならなかった。

 住職も頭を悩ませて、さらなる対策を講じるべきか考えていた頃、とうとう事件が起こってしまった。



 聡見は良信から連絡を受けて寺へ行くと、警察とおぼしき車が何台も駐車場に停まっていた。刑事や鑑識など、険しい表情で動いている大人達に圧倒されていると、良信が現れる。


「急に呼び出してごめんね」

「いや、構わない。それより、蔵に泥棒が入ったって大丈夫なのか?」


 早朝にも関わらず慌てて来たのは、緊急事態だったからである。

 蔵に泥棒が入った――その言葉は、眠気を吹っ飛ばすには十分な威力を持っていた。


「入口の鍵が壊されて、色々と盗まれたみたい。今は何を盗まれたのか確認しているところ。結構な量があったからね。とみちゃんを呼んだのは、犯人の指紋と見分けるためにとらせてもらうため。ほら、手伝ってもらっているから」

「ああ、そうだな」


 常になく表情の固い良信に、聡見はずっと気になっていることを聞くべきか迷った。しかし、いずれ知るなら早いうちがいいと尋ねる。


「……どっちの蔵が被害にあったんだ?」


 その質問に、良信は静かに答えた。


「残念ながら、どっちも」


 最悪な答えだった。



 寺には蔵が2つあり、どちらにもお祓いをしてほしいと持ち込まれた品が保管されている。

 本物と偽物――そう区別してだ。

 中に収められている品の大半は、盗まれるほどの価値は無い。しかし数点、見た目だけは高価なものがあった。今回、それが盗まれてしまった。

 金銭的被害は無いが、もっと大きな問題がある。


「ほとんどは微々たる影響だけかな。でも、素人が扱うべきじゃないのが何点かあるんだよね。霊感が無くても普通なら手を出さないレベルだけど……欲に目が眩んだのか、鈍感だったのか」

「俺は中に入ったことがないけど、本物の方はそんなに危険なのか?」

「そうだね……触れるのも、見るのも避けたいレベル」

「……なんか泥棒が心配になってきた」


 聡見は指紋を採取され、事情聴取をされると解放された。

 やましいことをしていなくても、疑われたらどうしようか内心バクバクだったが、あらかじめ住職や良信から話を聞いていたからか、あっさりと終わった。

 このまま家へ帰るには興奮が冷めていないので、良信の部屋に移動して話をしていた。事情を知るにつれて聡見は泥棒に同情しかけたが、そもそも前提として盗みに入る方が悪いと思い直す。


「売ろうとしても、そうそう買い手はつかないよ。まあ、いわく付きが欲しいって言う悪趣味な人もいるけど、見つける前に音を上げるだろうね」

「やけに自信ありげだな」

「こういうのは初めてじゃないから。大体末路は同じ。もって1ヶ月かな。誰かが被害を受ける前に賢い選択をしてくれればいいけど……今回はどうだろうね」


 どこか仄暗い目をしている良信を見て、聡見は背筋に冷たいものが走った。



 良信の予想通り、犯人は1ヶ月も経たないうちに助けを求めて寺へやってきた。

 やったのは窃盗団ではなく、近所に住んでいる不良グループ。肝試しの最中に誰かが寺の存在を出し、面白そうだから入ってみようとなった。

 そして入口の鍵を壊して中に入ると、高そうな品があったので盗んでしまった。

 15歳から19歳までの男性4人。盗んだものは、売るつもりでリーダー格の部屋へ一時的に保管していた――これが良くなかった。

 彼には同い年の妻と、1歳になる息子がいた。

 妻は犯行を知らず、まさか自分の住んでいる部屋に盗品が隠されているとは夢にも思っていなかった。


 呪いを受けたのは息子だった。

 突然、体がかゆいと血が出るまでかきむしり、苦しいと一日中泣く。病院に連れて行っても、はっきりとした原因は分からなかった。困り果てていたところ、それが現れた。

 朝目覚めると、息子の体は全身真っ黒になっていた。体に巻き付くように、黒々とした鱗が生えていたのだ。

 はがすと強烈な痛みと出血があり泣き叫ぶ。そうかといって何もしなくても、苦しいと言ってまた泣く。

 途方に暮れていたところで、ようやく原因が盗んだ品ではないかと思い至った。妻に打ち開ければ罵倒された。早くどうにかしないと死んでしまう。どの品が原因か分からないので、全てを持って寺へとやって来たのだ。

 住職は話を聞き、警察に連絡する前に子供をどうにかしなければいけないと、寺に連れてくるように言った。

 抱えられて現れた子供は、呼吸もままならないほど衰弱していた。

 一刻の猶予もない。住職は良信を呼んで、すぐにお祓いを始めた。



「それでどうなったんだ? その子は助かったのか?」


 その翌日、聡見は良信から一部始終を教えられた。まっさきに心配したのは子供の安否だ。

 巻き込まれて呪いを受けた。話を聞いている限り、強い呪いだ。手を尽くしても、助けられなかった可能性もある。


「大丈夫、死なずには済んだよ。でも大変だったあ。なかなか納得してくれなくて夜中までかかったから、寝不足でこっちが死にそう」


 ふわあっと大きな口を開けながら、良信はあくびをする。


「お疲れ様。大変だったな。本物はやっぱり、手強かったか」


 どこかくたびれた様子に、聡見は同情して優しい言葉をかけた。しかし良信は何故か目をキョトンとさせる。


「ん? お祓い自体はすぐに終わったよ」

「え、でも夜中まで大変だったって……」

「ああ、それは両親を納得させるのに時間がかかっただけ」

「待ってくれ……どういうことだ?」


 聡見は理解が追いつかず、待ったをかけた。そして説明を求める。


「どういうことって言われても、そのままの意味だよ。お祓い、というか今回は時期を先延ばしにしてもらうように頼んだ感じかな」

「時期を先延ばし?」

「蛇の執念はネチネチして面倒だよ。あそこまで印を刻まれたら、諦めさせるなんて無理。それこそ、生きるか死ぬかの戦いになるかもね。一か八かの賭けをするより、まだマシな方を選んだだけ」

「それが時期を先延ばしにすること?」

「そう。向こうに頼んだんだ。まだ1歳と幼いから、成人するまでは待ってほしいって。それ以降は好きにしていいってね。19年ぐらいなら、向こうも待ってくれると約束してくれた。それは絶対に違えない」

「……その子が20歳になったら。どうなる?」

「連れて行かれるだろうね。向こうからすれば、あっという間だから忘れることもないよ、唾をつけるぐらい気に入ったんだから」


 聡見はどんな言葉もかけられずにいた。責めるのもお門違いだし、子供に同情する言葉もふさわしいとは思えなかった。


「20歳になるまでしか生きられないなんて可哀想すぎる。もっとちゃんとどうにかしてくれ――そうやって責めてきたけど、そうする権利は向こうにはないでしょ。こっちは誰も狙われないように管理していたのに、それを荒らしたんだから。本当なら助けてもらえなくても文句は言えないよ」


 大事な子供が死ぬ日が決まっている。親からすれば、一体どんな気持ちだろうか。

 それを考えてしまうと暗い気分になるので、聡見はもう忘れることにした。どんなに心を痛めたところで、どうしようもない。

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