第33話 気がする
ふとした時、腕や足に何かが触れたような感触がする。幼少期は、アリなどの小さい虫がいつの間にかくっついていることがあった。
しかし大人になるにつれて、見ても何もいない場合が増えた。年齢のせいで錯覚している。ネットで調べると、そう書かれていた。老化によるもの。年齢を遠回しに突きつけられているようで、あまりいい気分とはいえなかった。
さわさわ、たまにするりと。産毛を撫でられたみたいな感触は、お世辞にも心地よくない。
ぼーっとしている時ほど、その感触が襲ってくる。しかし、急いで見ても何もないのでやはり錯覚なのだと思った。
ただ、それでも最近頻度が増えたみたいで気にかかっていた。
「そういうのは気のせいです。後は微風があって、産毛が動くのも原因でしょう。気にしすぎていると、あなたは精神的に参ってしまいます。……そうですね、こう考えるのはどうでしょうか。何かが触れる感触がした時には、あなたが昔飼っていたチロ君が撫でてほしくてじゃれていると」
「……チロが」
住職の言葉に、目から鱗が落ちる気分だった。
気のせいだと切り捨てられるだけよりも、2年ほど前に老衰で死んだ愛犬のチロが来ていると言われた方が嬉しい。
チロは柴犬で、娘がねだって飼い始めたのに、気がついたら世話をする役目になっていた。どんどん年老いていき、最後はずっと寝たきりになっていたがずっと面倒を見続けた。
そのチロが来ている。撫でられるのが好きだったから納得出来た。
「はい、そうします。なんだか、肩の力が抜けた気分です」
「少しでもお力になれたなら幸いです」
正座している足に、何かが触れる。そちらを見ずに、頭らしきところに手を伸ばして撫でる動作をした。チロが喜んでいる姿が容易にできた。
「……ああいう方法もあるんだな」
別の部屋で勉強をしていた聡見は、思わず感心した。
話を聞くつもりではなかったが、相談しに来た人を見て気になり耳を澄ませていた。そこからの解決法に、良信ではありえないと興味津々だった。
「良信だったら、事実を突きつけて怖がられるだけ怖がらせて、ようやく最後に力技で除霊するんだろうな。やっぱり年の功っていうのは凄い」
「何してるの?」
うんうん、と頷いていると良信が後ろから抱きついてきた。聡見は巻きついた腕を軽く叩く。
「なんでもないよ。休憩してただけ」
「ふーん、そっか。じゃあ次は数学やろう」
「分かった。数学だな」
聡見は聞き耳を立てるのを止め、勉強に集中することにした。
――良信には真似ができない優しい方法。本当に霊が触っていると言ったら、そのことばかり考えて霊に力を与えてしまう。
そうしないために、守護霊になりそうなペットの存在にすり替え、上手くいけばそちらに守ってもらえるようにする。相談者の傍にあったモヤモヤが、アドバイスを聞いた時には清らかなものに変わっていた。
病は気から。元々は気のせいだったが、時間が経つうちに良くない存在を呼び寄せていた。相談しないままいれば、悪影響を与えていただろう。しかし、もう平気だ。
さすが良信の父親。聡見が頷いていたら、良信がまた抱きついてくる。
「俺だって、あれぐらいは出来るからね」
「はいはい、分かったよ」
隠していたつもりなのに、良信は分かっていたらしい。負けず嫌いだとしても父親にまで嫉妬するのかと、聡見は思わず笑ってしまった。
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