第32話 ドライブ
聡見の母親には弟がいる。
年の離れた姉弟だったので、聡見は兄と慕い懐いていた。名前は祥平のため
そんな祥平が18歳になり、車の免許を取った。中古だが自分の車を購入し、色々なところへ行くようになった。
運転するのが楽しくて仕方がない祥平は、聡見を何度かドライブに誘ってきた。なかなか予定が合わず先延ばしになっていたが、連休でちょうどいい日が出来た。
せっかくだから遠出しようと張り切って計画を立てる祥平に、聡見も良信も一緒でいいかと聞いた。祥平と2人きりなのが気まずいのではない。
良信は寺の仕事で忙しく旅行というのが難しいため、連休もやることがないと言っていた。本人は軽い口調だったが、どこか寂しそうに見えた。
祥平と遊びに行く話が出て、タイミンがいいと思った。祥平が快諾したので、良信も含めて3人でドライブすることとなった。
その判断は正しかったと、聡見は車に乗りながら強く感じていた。
祥平が聡見の家まで迎えに来てくれて、初めて車を見た。型落ちのミニバンで、中古と聞いていたが状態は綺麗だった。
「相場よりも安く手に入ったんだよ」
白いボディは、ワックスをかけられているためツヤツヤと輝いている。初めての車ということで、祥平も嬉しそうに自慢していた。
しかし聡見は顔を引きつらせて、その話を聞きながら言葉を飲み込む。喜びに水を差したくなかったからだ。
人見知りを発揮するかに思えた良信は、何故か普段よりも愛想良く会話していた。
「いいですね。掘り出し物ってことですか」
「そうそう。逃したら次はここまでいいのは見つからないって言われたら、即決で買いますってなるよな」
盛り上がりを見せている会話に、聡見は微妙な気持ちになった。良信が言わないなら平気なのかと、言うきっかけを逃したまま車に乗った。
「今日は天気も良くて、絶好の日和だな」
「あ、うん。そうだね」
「高速に乗っても良かったけど、景色を楽しむために海とか峠とか通るから楽しみにしていろよ」
「はい。楽しみだね、とみちゃん」
「……うん」
自分がおかしいのだろうかと、聡見は上手く返事ができない。
「どうしたんだよ、聡見。もしかして俺の運転が怖いのか? 大丈夫だよ、とったばかりとはいえ上手だって言われたし、2人を乗せているから安全運転で行くよ」
顔色の悪い聡見に気づいた祥平は、その原因を勘違いした。そうだったらどれほどマシだったかと思いながら、聡見は首を横に振った。
「違うよ。慣れない車に戸惑っていただけ。祥兄のことは信用しているから」
「よしよし、それじゃあ行くか」
言葉通り、祥平はルールをきっちりと守る安全運転だった。
流れていく景色。良信と祥平のくだらない会話に、段々と聡見も肩の力を抜く。しかし完全にいつも通りとはいかなかった。
「この先に、有名な美味い店があるんだ。昼には少し早いけど、その方が空いているだろうし行ってもいいか?」
11時を少し過ぎた頃、祥平がそう提案した。断る理由もないので、聡見も良信も了承する。
聡見に関しては、一度休憩できるので大歓迎だった。
「えーっと、確かこの辺り……あ、あった。もう何人か並んでいるな」
着いた先は年季を感じさせるこぢんまりとした店で、有名店だけありすでに2、3人が外に並んでいた。
のぼりには、そば・うどんと出ていて、開いた窓から出汁の匂いが漂ってくる。その匂いを嗅ぐと急に空腹を感じ始めた。
駐車場に車を停めて、店へと向かう途中に聡見は視線に気づく。それは並んでいるうちの1人で、視線の先は聡見とは少しズレていた。
――車を見ている。聡見はすぐにそう思った。そして、視線を向けているのに気づかれたと気づいた客は、慌てて下を向いた。一連の流れを見た聡見は、自分が間違っていなかったのだと確信する。
「良信っ」
列に並ぼうとする祥平に、車に長時間乗って体が凝ったので軽く動かしてくると言い、良信を連れ出した。そして誰もいないところに行くと詰め寄った。
「車のあれ、見えているのか?」
「見えているけど、それがどうしたの?」
「ど、どうしたもこうしたもないだろ」
聡見は車に目を向けられなかったが、頭に刻み込まれていたので容易に思い出す。
「なんで、車の上に血まみれの女がしがみついていても平気なんだよ!」
渾身の叫びだったが、距離を置いていたおかげで良信にしか聞かれなかった。
車を見た時から、聡見はその上にしがみついている血まみれの女に意識がいっていた。白い車に、真っ赤に染まったワンピースを着ている女性は目立った。長い髪はボサボサで顔もはっきりと見えなかったが、隙間から覗く恨めしそうな表情に、無視するのは一苦労だった。
ドライブ中も大変で、うめき声やどんどんと叩く音、窓の上から手や足が見えたりもした。祥平は全く見えていないから無反応で、良信も素知らぬ様子だから気のせいなのかと自信が無くなっていたところだった。しかし、自分の他にも見えている人がいて、実際に存在していたと確信を持てた。
「別に害はなさそうだし、いいかなって。ドライブしたいだけじゃない?」
「……俺にはそう見えなかった。仮にそれが正しかったとしても、あんなのが上にひっついてたら楽しめない」
「うーん、とみちゃんがそこまで言うなら……何とかしてみるよ」
対処するという言葉を良信から引き出せたので、ようやく聡見は安心できた。
並ぶ祥平のところに戻ると、元気が良くなった聡見に喜んでいた。空元気に気づいていて、自分のせいかもしれないと思っていたらしい。余計な気を回させてしまったと、聡見は謝った。
美味しいそばを食べて空腹も満たされ、車に戻ると女はまだ屋根にへばりついていた。いつどうにかしてくれるのか、聡見が良信を見ると安心しろとばかりに親指を立てる。
「よーし、ここからはちょっと険しいところに行くぞ。タヌキとかイノシシとかもいるって話だから、きちんとシートベルトをしておけよ」
「うわあ。イノシシ見てみたい」
「そんないいもんじゃないからな。道に現れたら事故になる。だから気をつけとけってこと」
「はーい」
祥平と過ごす間に、良信はすっかり砕けた様子になった。仲良くしているのはいいことだと、聡見は上から聞こえてくる音を無視しながら笑う。
周りに木だけが見える道。どこから、タヌキやイノシシが出てきてもおかしくはない。そんな中を走っていると、良信が聡見の手を掴んだ。
「……そろそろいいかな」
小声で言ったので、祥平には聞こえなかった。そのため何かをしでかすと、聡見だけ構えることが出来た。
「危ない!!」
「うおっ!?」
良信が突然叫んだのに驚き、祥平は急ブレーキを踏む。後続車はいなかったため事故にはならなかったが、聡見には見えていた。
慣性の法則によって、勢いよく飛んでいった女の姿を。そのまま前方の道路に落ち、うごうごとうごめいている。
「び、っくりしただろ。どうしたんだ急に」
「ごめんなさい。イノシシが出てきたかと思ったけど……気のせいだったみたいで」
「まったく。下手したら、事故を起こしていたかもしれないんだからな。見間違いをしたのは仕方ないけど、大きな声を出すのは止めてくれ。心臓がいくつあっても足りない」
「はい、ごめんなさい」
良信が素直に謝ったので、祥平もそれ以上は責めなかった。気持ちを落ち着かせるために深呼吸を何度かすると、車を発進させた。
「ん? なにかに乗り上げたか? ……何もないみたいだけど……」
「気のせい気のせい」
「……そうみたいだ。敏感になりすぎているな」
「もう叫んだりしないから、大丈夫だよ」
「おー、そうしてくれ」
数メートルほど進んだ時、車は前輪と後輪で2回、段差に乗り上げたようにバウンドをした。祥平は道路を見たが、そこには何も無かった。良信にも気のせいだと言われたので、勘違いだったと考える。
聡見は静かになった車内で、絶対に後ろを見ないように視線を固定した。見たところで、後悔するだけだと本能で悟っていたためだ。
ただ、それからのドライブは楽しいものとなった。
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